マツダのクラッシクカーをドライブし、異端で素晴らしきロータリー・エンジンの魅力に触れる
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マツダのヴァンケル型ロータリー・エンジンに向けた前人未踏の数奇で素晴らしい努力は、1967年に発売された素敵な「コスモスポーツ」(輸出用モデルでは「110S」)で具現化される。生産台数はわずか1,200台弱で、そのほとんどが日本の古美術品として扱われ現存している。そんなクルマを運転することは貴重で光栄な体験だ。筆者はそんな幸運に感謝しながら、様々なマツダ車に乗るオーナーの隊列を率いて、日本国外では最も幅広いマツダ車のコレクションを有するドイツの私設博物館を出発した。

この施設はウォルター・フレイ氏によって作られた。1970年代に地元で自動車ディーラーとしてマツダ車を扱い始めたことが、同氏のライフワークに発展した。だからといってアウクスブルクの住人がこの施設にそれほど興味を持っているかどうかは別問題だ。博物館を出ると排気ガス規制区域「umwelt zone(環境ゾーン)」への進入を示す標識を通り過ぎた。私の後ろに伸びるオイルの色合いを帯びて巻き上がる煙はいくぶん冷笑的に、マツダの現ラインアップにロータリー・エンジン搭載車がない1つの理由を明確に示している。

1人のドイツ人によって生み出され、日本人によって完成されたヴァンケル・エンジンとマツダのつながりを、アウクスブルクで祝うのは相応しいことに思われる。今から50年前、マツダは2台のコスモスポーツをニュルブルクリンクに送り込み、過酷な84時間耐久レース「マラソン・デ・ラ・ルート」に参戦。84時間走り続けて総合4位でゴールし、ロータリー・エンジンが長距離に耐え得ることを世界に知らしめた。それからマツダは200万台近くのロータリー・エンジン搭載車を、米国を含め世界中で販売するに至ったのだ。



スケジュール面では84時間耐久レースほど過酷ではないものの、私はコスモスポーツの回転を存分に上げて良いという指示が出るのを心待ちにしていた。吐き出す煙がクリアになる。後続車も明らかに同じことを望んでいたに違いない。

ガソリンだけでなくエンジン・オイルを渇望することだけがロータリー・エンジンの特徴ではない。2つのローターはそれぞれ491ccで、一般的なレシプロ・エンジンの排気量2.0リッターに相当する。この後期型は最高出力128hpを発生し、5速トランスミッションを介して後輪へとパワーを伝達する。トルクが細く、実際の加速以上にノイズを発生するという特徴には、正直なところそれほど大幅な進化があったようには思えない。



コンパクトなコスモスポーツの車重は900kgを少し上回る程度。パワーウェイトレシオは初代NA系ミアータ(日本名:ロードスター)と、そう変わらない。だが、速さはそれほど変わらなくても、その速度に到達するまでがだいぶ異なる。リムが木製のナルディ製ステアリング・ホイールは、機能優先でビニールが張られたコスモスポーツの車内で唯一の高級感を感じさせるものだが、これを通して伝わってくるのは安定性と敏捷性がほどよくブレンドされている感覚だ。低速では満足できず、アクセルを踏み込んでエンジンを唸らせれば、平和そうなバイエルン州の村々が回転ノコギリで削るような特徴的な音と共に後方へ消えていく。

隊列の中で位置を変えると、日本市場ではサバンナとして知られる「RX-3」に乗った仲間の後方をついて行くことになった。この時代の多くの日本車のように、翻訳仕切れなかったアメリカン・スタイルのクロームとファストバックのプロポーションから、1970年代のデトロイトがほのかに感じられる。RX-3はセダンとクーペの一群で米国にロータリー・エンジンを持ち込んだが、当時のマツダは米国市場限定で、ヴァンケル・エンジンを搭載するフレアサイド仕様のピックアップ・トラックさえ作っていた。その1台がフレイ氏のコレクションの中にあり、それはレッカー車仕様となっている



このRX-3のエンジンが奏でる激しいサウンドは、そのレトロな見た目に似合わずコスモの音をかき消す程で、エキゾースト・パイプから吐き出される炎が楽しさを増幅させる。RX-3は1971年の富士ツーリスト・トロフィ500マイル・レースで、当時圧倒的な強さを誇っていた日産「スカイライン GT-R」の連勝記録を止めるなど、レースで多くの成功を収めた。1991年のル・マン24時間レースにおけるマツダ「787B」の勝利は、マツダのロータリー・エンジンによる最高の業績の1つとして語り継がれているが、RX-7も80年代と90年代のIMSAシリーズをはじめ、世界中のレースで立派な成績を収めた。

途中で第一世代のRX-7と少し交換しようという申し出を受けたのだが、もちろん断ることなんてできるわけがない。コスモからわずか10年後に登場したにもかかわらず、まったく違う時代から来たように感じられた。インテリアはずっと現代的で、走りは現代のクルマと変わらないように思えた。コスモよりも洗練されていて、RX-7や後に「RX-8」がロータリー・エンジンの新しい世代のファンたちに提供したタービンライクな滑らかさが感じられる。



RX-7は、当時のポルシェを含め、同時代のライバル車たちよりも一世代先を行く美しいクルマだった。その後継であるFC型では過給器による適切なパフォーマンスを確立し、最後のFDはロータリー・エンジン、シーケンシャルターボ、引き締まったスタイリングが組み合わされた、おそらく史上最も美しい日本製スポーツカーだった。今でも非常に魅力的で欲しくなるが、現存する車両の多くはオーナーがロータリー・エンジンをV型8気筒に載せ替えてしまった。そんな行動を、理解できるという人も、許せないという人もいるだろう。RX-7にとってエンジンは、良い意味でも悪い意味でも、大きな存在だからだ。



フレイ氏の博物館に戻り、マツダのロータリー・エンジンに関する壮大な歴史を目の当たりにした。ラリーカーからバス、配達用トラック、高級クーペ、グループBマシン、そして一見平凡な、様々なサイズやスタイルのセダンやハッチバックが数多く存在する。RX-8の生産終了から6年が経った今でも、マツダといえばロータリーというイメージで特別視され続けている。間もなく、ロータリー・エンジンはレンジエクステンダーとして復活することが決まっている。「私たちの正直な願いは、遠くない将来、ロータリーの新たな章が書かれることです」と、マツダは新しい製品計画のプレゼンテーションで語った。その結果、誕生する21世紀のコスモがどんなものであれ、私は真っ先に乗りたいと思う。


By DAN TRENT
翻訳:日本映像翻訳アカデミー

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