約7,500円で買った30年前のフォルクスワーゲン「ポロ」で、フィンランドからドイツのヴォルフスブルク工場を訪ねる
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僕とガールフレンドはエストニアの首都タリンの道路脇にクルマを駐めた。この先、数千マイルの長旅が待っているのだが、僕らが乗っている小さな白いフォルクスワーゲン(VW)は、なにやら酷い音を発している。すると、どこからともなく現れた自転車に乗ったイマドキの若者がその手をボンネットに載せて、笑顔で"Kōik saab korda"(全てうまくいく)とエストニア語で言った。我々の前途を祝ってくれたのだ。確かに彼の言う通りになるのだが。

フィンランドのヘルシンキからドイツのヴォルフスブルクまでの長旅を始めたのは、僕の愛車VW「ポロ」を30年前に作られた故郷に帰してやろうと思ったのがきっかけだ。これまで数回、夏になると決まって安く手に入れたクルマでヨーロッパを駆け巡っていた。中でもヘッドガスケットが傷んでいたこのクルマは、2013年にたった60ユーロ(現在のレートで約7,500円)で手に入れたものだ。どうにか修理して運転できる状態になると、僕はバルト諸国からポーランドを抜ける長い長いドライブがしてみたくなった。そして、このステアリングのホーンボタンについているエンブレムの街を訪れようと思ったのである。この世に出てからというもの、このシンプルなエントリー・モデルのVWはわずか6万マイル(およそ9.7万km)ほどしか走っていなかったので、あと数千マイルは行けるだろうと思ったのだ。

出発して間もなく、前輪のホイール・ベアリングの寿命が尽きてしまった。当初タイヤかドライブシャフトあたりから聞こえてくると思っていた微かに唸るような音は、今や我慢の限界を超える騒音と化している。南下しながら、ようやくエストニアで週末に営業しているVWディーラーを見つけ、点検してもらったところ、ベアリングが原因と言われた。週明けの月曜の朝、リトアニア南部でホイールベアリングを交換し、どうにかロード・トリップを続けられる状態になった。 ポーランドの田舎町を通り抜けワルシャワに到着し、同国の自動車メーカーFSO(Fabryka Samochodow Osobowych)の古い自動車生産工場の横を通り過ぎた。とっさにUターンして、その看板の下で記念写真を撮った(上のツイート)ところで、今後の旅路でちょっとしたゲームをやってみようという考えが浮かんだ。これから見かける東欧製のクルマを片っ端からチェックしていくことにしたのだ。ワルシャワではポーランド製の古いフィアットが至る所で見られた。その後のドイツ・ドレスデンでは、旧東ドイツを象徴するクルマ「トラバント」専門のガレージでそのコレクションを見せてもらえた。翌日はアイゼハナで旧東ドイツの高級車「ヴァルトブルク」の工場博物館を見学した。古い工場の大半は取り壊されていたが、残されたレンガ造りの建物は、独特な旧東ドイツ製のクルマとそれぞれのクルマに纏わる歴史で埋め尽くされ、我々が訪れたVWの「e-ゴルフ」を生産するドレスデン工場のガラスとスチールの近代建築(下の写真)とは全く対照的だった。

VW Polo Roadtrip

それからの数日は雨が絶え間なく降り続いていたが、旧東ドイツからニュルブルクリンクへ向かうドライブで通った裏道に、僕のくたびれたポロはよく似合っていた。いつもであれば、この有名なサーキットで雨の中を観光客がラップ走行することはお薦めできない(30年前に製造された小型車であれば尚更だ)。しかし、その日はサーキットが一般公開されており、普段ほど混んでいなかったので、非常に慎重な"リンク・ラップ"が実現できた(この記事冒頭の写真をご覧いただきたい!)。もちろん、直前にホイールのバランス調整をしてもらったのだが、依頼したのはほかでもないポルシェ専門の工場であった。マンタイ・レーシングのロゴの入ったカップでコーヒーを楽しみながら、彼らの厚意に甘えて無料で調整をしてもらえたのだ(下の写真)。



小さなポロは雨の中、通称"グリーンヘル(緑の地獄)"といわれるニュルブルクリンク・サーキットの直線を文字通り走り抜け、月曜の朝にはVWの工場のゲートを通り抜けた(下の写真)。

VWのヒストリック部門の人々は非常に歓迎してくれた。VWの記録を管理するウルリケ・グッツマン博士の説明によると、かつては頻繁に見かけたこの1980年代の通勤用自動車は、現在は良好な状態を保つ車両はほとんど見られないそうだ。VWのエンスージアストから彼らのクルマに関して問い合わせを受けることはよくあるそうだが、実際にクルマで訪ねてくる人は少ないという。フィンランドからとなれば尚のこと。コーヒーを飲みながら、クルマの製造日と当初の仕様が記された証明書を受け取った。我々は工場を見学し、本社の敷地内にある博物館とテーマパーク「アウシュタット」を訪れた後、ベルリンへ向かい、クルマはようやくそこで数日間の休憩を取ることができた。よく働いてくれたものだ。



フィンランドへと戻るため、フェリーに乗り込んでポロを駐めた時、この2週間の3,000マイル(約4,830km)に及ぶドライブは、このクルマが新車だった1986年当時ではほとんど実行不可能だったに違いないと、しみじみと思った。ソ連圏の東欧諸国と西欧の境界線に鉄のカーテンが存在していた1980年代後半と比べると、今は国境を越えるのは容易だ。クルマがヴォルフスブルク工場を離れた時からほとんど変わっていない一方で、欧州は大きく様変わりした(下の写真は旧東ドイツと西ドイツの境界線)。

VW Polo Roadtrip

ポロにとって2つの我が家、つまりドイツの工場とフィンランドの小さな街の間で、このクルマは数十年の時を過ごしてきた。空は高く、道は真っ直ぐに伸び、大地はどこを向いても続いている。しかし、この小さな白いクルマはその間、少しも戸惑うことなく、自らの指命を遂行してきたのだ。


By ANTTI KAUTONEN
翻訳:日本映像翻訳アカデミー

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