今もライセンス生産が続けられている、1988年型フォード「フェスティバ LX」を廃車置場で発見
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北米のガソリン価格は1980年代半ばに急落したが(1990年のイラクによるクウェート侵攻によって結局再び急上昇をしたが)、ゼネラルモーターズ(GM)は1980年代後半の間、スズキ製のシボレー「スプリント」(初代「カルタス」がベース)や、デーウ製のポンティアック「ルマン」(オペル「カデット」の韓国生産車がベース)など、アジア製の小型車に自社ブランドのバッジを付けたクルマを実に上手く販売していた。フォードはこれを参考にして、1986年から小型のマツダ車をフォード「フェスティバ」として売り始めた。写真はコロラド州デンバーのセルフサービス式廃車置場で見つけた、チョコレート・ブラウンの1988年型「フェスティバ LX」だ。

Junkyard Gem: 1988 Ford Festiva LX
LXは"ラグジュアリー"を意味する上級グレードで、当時の価格は6,868ドルだった(ベース・グレードのフェスティバ Lは5,795ドルだった)。エアコンやサンルーフはオプションで装備できたが、オートマチック・トランスミッションは1990年まで選べなかった。1988年型トヨタ「ターセル」はフェスティバ LXより30ドル高かったが、車体は少しだけ大きくてオプションもより豊富に用意されていた。1988年型スバル「ジャスティ」は、フェスティバ Lよりも安い5,695ドルで買えた。これらを価格で破ったのが、5,295ドルのヒュンダイ「エクセル」だ(余りに粗末なセルビア製の「ユーゴ」は議論に含めないでおこう。もっとも、筆者はエクセルの方がユーゴより信頼性は低かったと考えている)。

Junkyard Gem: 1988 Ford Festiva LX
フェスティバは、最高出力は58hpを発生するマツダ製の1.3リッター直列4気筒エンジンを搭載していた。車両重量は約775kgだったので、58hpでも(なんとか)仕事を果たした。

Junkyard Gem: 1988 Ford Festiva LX
この個体の走行距離は約34万4,000kmにも達している。トヨタやメルセデス・ベンツではない1980年代のクルマとしては素晴らしい。

Junkyard Gem: 1988 Ford Festiva LX
起亜は長年、韓国でこのクルマを「プライド」として生産していた。そしてイランの自動車会社であるサーイパーは、このプライドをサーイパー「141」という車名で1993年にライセンス生産を開始し、現在でもその派生モデルが生産されている。そしてさらにベネズエラのVenirautoは、サーイパー 141のライセンス生産を行っており「Tirpial 141 DLX」として販売している。つまり言い方を変えると、デトロイトに依頼された日本車を韓国がコピーし、それをイランがコピーしたものを、ベネズエラでまたコピーしているということになる。32年間にわたり世界中のあちこちで生産され、今も世界のどこかで販売されているクルマ。これを欲しくない人がいるだろうか?

フォルクスワーゲン「タイプ1」"ビートル"やBMC「MINI」、ヒンドゥスタン「アンバサダー」が生産を終えた今、このフェスティバ/プライド/141が、最も長い期間、ほぼ同じ形状で生産されているクルマの上位に入っているのだ。


米国においてフェスティバは、居住性に優れた安価なクルマとして宣伝されていた。確かにその通りだった。


カナダでは、フォードはマリアッチに少し影響を受けた"フェスティバ!"というジングルを、TVコマーシャルの最後に挿入していた。


イランでは、今でもフェスティバの子孫がたくさん路上を走り回っている。


国営企業のVenirautoは、Tirpialの生産を宣伝するために1970年代風の楽しいCMを制作した。


韓国では、プライドのために力強いTVコマーシャルが作られた。韓国車メーカーのCMとしては最高の出来と言えるだろう。


By MURILEE MARTIN
翻訳:日本映像翻訳アカデミー

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