【今週の名車】マツダ787B:もうすぐル・マン! 1991年、日本車初・ロータリー唯一の総合優勝マシン
1991年6月22日フランス・サルトサーキット。その年いっぱいでレギュレーションから外れ、翌年以降は参戦禁止となるロータリーエンジンを搭載したマツダ787Bは、ル・マン24時間耐久レースのスターティンググリッドに佇んでいました。
 
この年、前年まで開催されたWSPC(World Sportscar Prototype Championship)は、当時のF1と同じ3.5リッターNAエンジン規格を採用したSWC(Sportscar World Championship)に変貌し、SWC規格に準拠したC1マシンと、前年までのWSPC規格に準拠するC2マシンに分類され、パワーに優るC2マシン群には重量ハンデが課せられました。

さらにポールポジションから5列目10位グリッドまではC1マシンに"予約席"として与えられ、フロントローに2台のSWCマシン・プジョー905 5号車と6号車が並ぶ一方、予選で最速タイムを叩き出したWSPCマシンのメルセデスC11 1号車は11番グリッドに、12番手タイムのマツダ787B 55号車は19番グリッドにまで押し下げられていました。

翌年以降はロータリーエンジン参戦が禁止になる(SWCへの完全移行)ため、1973年に初めてロータリーエンジンを投入し、1979年からは自社マシンで挑戦を続けてきたマツダにとっては、実質的にこれが最後の挑戦です。


マツダは前年(1990年)に投入した新マシン787で惨敗を喫したものの、1年をかけてシャシー後半部の強度不足を見直し、さらに軽量化を含む200か所以上のモディファイを施した787Bを2台、そして前年仕様の787を1台、この年のル・マンに持ち込んでいました。

787Bに搭載する4ローターR26Bエンジンは熟成による燃費向上と電子制御を強化。マシン自体も当時まだポピュラーでなかったテレメトリーシステムやカーボンブレーキといった最新装備を投入したほか、ホイールのインチアップ、トレッド拡張からコクピットの快適性を含むドライバビリティの向上にいたるまで改善を加えており、例年になく勝利を意識してスタートに臨んでいたはずです。

レース前、アドバイザーとして招聘されていたジャッキー・イクスは、若手揃いの55号車ドライバー陣に「君たちは非常に優秀な選手であり、我々は君たちに期待している。決してマシンをぶつけたり壊すことなく、わずかでも良い状況で次のドライバーにつなげる気概をもって運転してくれ」と檄を飛ばします。

パレードラップに続いて迎えたローリングスタート直後から、一気に順位を上げていくのは地力に勝るメルセデス勢。1号車は11位からほんの数周で3位にまで駆け上ってゆきます。一方、ジャン・トッド率いるプジョー勢は、1-2体制を堅持して最初のスティントをこなしたと思ったところへトラブルが連続発生し、優勝争いから早々に脱落してゆく(予想されたとはいえ)波乱の展開となりました。

メルセデス勢はその後もハイペースかつ堅調な走行を披露し、3時間経過時点ですでに他チーム全車を周回遅れに。一方、追いかけるトム・ウォーキンショーのジャガーは、燃料総使用量の制限を気にしてペースを上げられず、メルセデスの6秒落ちのラップタイムを刻みます。

しかし、メルセデスも盤石の体制かといえば決してそうでもなく、スタートから5時間の時点で31号車のカール・ヴェンドリンガーがスピンを喫してリヤエンドを破損。修理に時間を要して3番手に後退しました。

一方、マツダ787B 55号車はまったくもって地味な走りながらじわじわと順位を上げ、8時間が経過する頃には4位にまで這い上がってきました。


気温が下がり、空気中の酸素濃度が増す夜間のスティントになると、メルセデスC11 31号車、ル・マン初出走のミハエル・シューマッハが予選ポールタイムの4秒落ちというラップタイムを記録してその力を見せつけます。しかし同じメルセデスの32号車はフロアに穴が開くトラブルで脱落し、これでマツダ787B 55号車は3位につけ、おそらく予想もしていなかったであろう伏兵からのプレッシャーを感じ始めます。

そして、それを察知したジャッキー・イクスの声が再びマツダピットに響き渡ります「ドイツ人は必要以上に後ろとのマージンを取りたがる。ここでペースアップすれば、メルセデスはマシンに無理をさせてでも逃げようとするだろう」と。

マツダ陣営もあのまま走っていたら逃げ切られると考えてイクスの作戦を支持、55号車のドライバーに伝えます。この作戦変更は、いまだ燃費が足かせになっていたジャガーXJR-12勢の追随を断ち切ることにもなり、結果は吉と出ました。

夜明け間際、快調だったメルセデスC11 31号車にギアトラブルが発生。20分もピットに籠もることになり、マツダ787B 55号車はトップから3週遅れながら2番手にまで上り詰めます。そして、すっかり日も昇った18時間経過時点。メルセデスC11 31号車にまたもやトラブル。オルタネーターのブラケットが破損し10分以上もピットに張り付くことに。

480 km in Monza, 29.04.1990. Das Siegerteam Mauro Baldi / Jean-Louis Schlesser (Startnummer 1) mit einem Mercedes-Benz Gruppe-C-Rennsportwagen C 11.   480 km at Monza, April 29, 1990. The winning team Mauro Baldi / Jean-Louis Schlesser (starting number 1) with a Mercedes-Benz group C racing sports car C11.  
トラブルが頻発するメルセデスチームにあって、唯一快調にトップをひた走るのは1号車でした。しかしその最後の砦が崩れる瞬間が、21時間が経過する頃に訪れました。それまでトラブルフリーだと思われていた1号車にオーバーヒートの症状が現れます。ピットロードに滑り込む頃にはC11の水温計は振り切れ、たどり着いたガレージはもうもうたる水蒸気に取り囲まれました。

過熱してしまったエンジンの再始動に手間取るメルセデス。その脇のホームストレートをオレンジとグリーンのマシンが1度、2度と通過。3度目に駆け抜けたときが、史上初めて日本車がル・マン24時間レースをリードした瞬間になりました。

マツダとの間隔を維持しようとするあまりトラブルに陥ったメルセデスはもはや実質的に勝ちの権利を失い、後ろを走るジャガーの敵はただただ燃費。これは、マツダとしてはこのまま周回を重ねれば、悲願の総合優勝を手に収められる状況--。

そう誰もが思ったとき「気を抜くのはまだ早い!」というイクスの言葉が、高揚しかけたチームの雰囲気をレースの世界に踏みとどまらせます。さらにドライバーのジョニー・ハーバートには緊張が途切れないよう、それまでと同じペースで走れと檄が飛ばされました。

マツダ陣営は、最後の給油を終えたラスト数十分のスティントもコースの状況をよくわかっているという理由からハーバートに続投させる作戦をとりました。チームとしては安全策ですが、ハーバートにとってはドリンクシステムのトラブルもあって体力的にギリギリの状態での追加走行となりました。しかしハーバートは見事にその重責を果たし、ホームストレート上になだれ込んだ観客をかきわけつつ、総合首位でチェッカーフラッグを受けました。


マツダは翌年のル・マンにもジャッドエンジンをベースとしたV10エンジンを搭載する意欲的なスタイリングのマシンMX-R01を開発、ディフェンディングチャンピオンとしてル・マンに臨み、2位に食い込んだトヨタの影に隠れながらも総合4位という見事な結果を持ち帰りました。しかしこれ以降、マツダは経営方針の転換からル・マンはおろか、モータースポーツ全体から距離をおくようになりました。

しかし北米では、マツダUSAが長くIMSA/ALMSシリーズへの参戦やインディカーの下に位置するジュニアフォーミュラのサポートを続けています。2006年に始まったロードスターによるワンメイクシリーズ「Global MX-5 Cup」は、2017年から日本国内でも開催されるようになりました。

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さらにIMSAでの活動は2018年からル・マンスペシャリストとも言えるチーム・ヨーストとのコラボレーションに発展しており、LMP2カテゴリーをベースとするIMSA DPiクラスに、魂動デザインを取り入れたオリジナルマシンRT24-Pを投入、優勝争いに加わっています。

Related Gallery:Mazda RT24-P: LA2016


ル・マン24時間レースへのDPiクラスのマシンは許可されていないものの、今後のレギュレーション動向によっては、再びサルトサーキットにマツダの名前とエンジン音が轟く時代がやってくる可能性も、ゼロではありません。

もう「あのル・マン」は27年も昔の出来事になりました。そろそろ広島の自動車メーカーにも、たとえ地味でも挑戦する姿勢を忘れずにサーキットを駆け続けた「日本のマツダ」を待ちわびるファンが大勢いることに気づいてもらいたいものです。

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マツダ787B 主要諸元

カテゴリー Gr.C(C2)
エンジン R26B 2616cc 4ローター自然吸気エンジン
エンジン出力 700ps/9000rpm
トルク 62kgf・m/6500rpm
シャシー ツインチューブ・カーボンコンポジット・モノコック
サスペンション前 プルロッド式ダブルウィシュボーン・アウトボード・スプリング
サスペンション後 ロッカーアーム式 ダブルウィシュボーン・インボード・スプリング
トランスミッション マツダ/ポルシェ製5速マニュアル
全長 4782mm
全幅 1994mm
全高 1003mm
トレッド前 1534mm
トレッド後 1504mm
ホイールベース 2662mm
重量 850kg(16号車) 845kg(55号車)

デザイナー ナイジェル・ストラウド



※:本記事の写真は最初の1枚のみ1991年のル・マン24時間レースのもので、ほかは2011年にマツダ優勝20周年を記念して再びル・マンを787Bが走行したときのものを使用しています。また、メルセデスC11の写真は1990年WSPCのイタリア・モンツァ戦当時のものです。

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