「2017 トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮」で展示された貴重な博物館収蔵車をご紹介 テーマは「動力源の移り変わり」
11月25日(土)、明治神宮外苑聖徳記念絵画館(以下、神宮絵画館)にて『2017 トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑』が開催された。愛車の1967年型アルファ ロメオ 1300GTジュニア(ジュリア・クーペ)でエントリーした筆者がイベントの様子をリポートする。
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『2017 トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑』でのメインイベントは、内外の名車が都心を走行するパレードランではあるが、会場となった絵画館前には一般参加者の車両をはじめとした内外の名車が多数展示され、大勢の来場者を楽しませていた。今回はそんな展示車両の中からトヨタ博物館の収蔵車を紹介して行く。出展に当たってトヨタ博物館がテーマとしたのは「過去を振り返り未来を想う−動力源の移り変わり–」で、初代プリウス誕生から20周年を迎えた節目の年に相応しい内容となった。


トヨタBM型トラック(薪トラック改造車)

戦前に設計され、太平洋戦争で日本陸軍が運用したKC型を改良した戦後型トラック。1947年3月から生産を開始した。KC型と比べると、フロントアクスルが強化され、前後トレッドがわずかに拡大されている。

大戦末期には物資不足により徹底的な省力化が行われ、キャビンは木製となり、ヘッドランプも1個に減らされたが、平和な時代の到来とともにトラックとして本来あるべき姿へと戻された。


この車輛は終戦直後のガソリン不足に対応すべく、キャビン右側の背後に「薪ガス発生装置」を取りつけ、薪を不完全燃焼させることで発生する一酸化炭素ガスと微量の水素を燃料に内燃機関を動かした。一般には「薪トラック」あるいは「木炭トラック」と呼ばれた「代替燃料車」のひとつであるが、木炭ガスは内燃機関の燃料としては低質で、トラックのような大型車を動かすには燃費性能・出力ともに不足していた。

そのため、正規の配給ルートを通さない闇ガソリンが出回るようになると、多くのユーザーはこれを利用するようになり、配給制度が撤廃されてからは元のガソリン車へと戻されることになる。



トヨタ スポーツ800 ガスタービン ハイブリッド

1950〜60年代にかけて世界の自動車メーカーは小型で高出力のガスタービンを次世代エンジンとして注目していた。

その代表的な例が63年にクライスラーが発表したターバインで、55台が試作され、一般ユーザーに貸し出してテストが行われた。しかし、信頼性と動力性能は充分に満足できるものであったが、排気ガス温度の高さ、燃費性能の悪さ、騒音の問題などが理由となって市販化は見送られている。


トヨタはクライスラー ターバインの登場から2年後の65年からガスタービン搭載車の研究を開始し、77年の東京モーターショー(以下、TMS)にガスタービンと電気モーターを組み合わせたパワーユニットを搭載した「トヨタ スポーツ800 ガスタービン ハイブリッド」を発表している。

この車輛はTMSに出展されたコンセプトカーをレストアした車両で、ボンネットに大型のエアスクープを備え、エンジン以外の内部機構ではトランスミッションは前進2速となっていることがノーマル車との違いとなっている。



トヨタ プリウス(初代)

1997年に世界に先駆けてトヨタが世に送り出した量産ハイブリッドカー。発売当初のキャッチコピーは「21世紀に間に合いました」で、21世紀のポスト内燃機関車開発の牽引役となったクルマである。「石橋を叩いても渡らない」と言われるほど慎重で、他社が切り開いた市場を販売力にモノを言わせて後追いで奪い取る「パクリメーカー」の誹りを受けていたトヨタが、このような先進的なクルマを出したことに当時は驚かされたものだ。



ベンツ パテント モートルヴァーゲン(レプリカ)

1886年にカール・ベンツが発明した世界初の内燃機関で走る自動車...とされているが事実は異なる。メルセデス・ベンツは今もってこの主張を撤回していないが、じつは1870年頃にユダヤ系ドイツ人のジークフリート・マルクスが発明した「第1マルクスカー」こそが、世界初の内燃機関搭載自動車なのである。
1930年代に政権を取得したナチスにより、ユダヤ系だったマルクスの業績は抹消され、当時国策企業となっていたメルセデス・ベンツの創業者のひとりを「自動車の発明者」として歴史を書き換えたのである。戦後もメルセデス・ベンツはドイツ自動車工業界のトップに君臨し続けていたためなのか、今日まで歴史認識が正されることはなかった。

とは言え、カールの妻・ベルタによる「女性による世界初の長距離自動車旅行の成功」や「世界初のブレーキライニング採用」(これはベルタの功績)など、歴史的に重要な1台であることには変わりはないのだが。



ベイカー エレクトリック

19世紀末にガソリン車が登場したあとも、米国では電気自動車の人気が衰えなかった。
その理由はふたつあり、1895年にジョージ・ウィリアム・セルデンが取った自動車そのものに対するパテントのため、ガソリン車をつくるためにはロイヤリティを支払わなければならなかったことと、電気自動車が静かで排出ガスもなく、始動性に優れていたためである(初期のガソリン車はスターターがなく、始動にクランクを回す必要があった)。

そのため、電気自動車は力仕事の苦手な女性ドライバーの人気が高かったのだが、1912年にキャデラックがオプション設定したのを皮切りにセルモーターが普及した影響もあって、航続距離が短く、速度の遅い電気自動車は徐々に下火となって行った。



ロコモビル スチームカー

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ガソリン機関とともに自動車の動力の主流となっていたのが蒸気機関だった。

展示車両もそんな蒸気自動車のひとつで、1897年にスタンレー兄弟によって設立され、米国における蒸気自動車のパイオニアとなったスタンレー社から99年に権利を買い取ったロコモビル社によって製造された。

展示車両はロコモビル社が初期に製造したモデルらしく、リーフスプリングのサスペンションをサンドイッチするかたちで鋼管シャシーに載せられた木製のランナバウトボディなど、設計的にはスタンレー1号車とよく似たスタイルを持つ。動力源となる蒸気機関は300本もの管を組み合わせたボイラーからの圧力で2気筒エンジンを動かす仕組みとなっている。

1902年には横浜に「米国ロコモビル会社日本代理店横浜本店」が開設され、日本にも輸入されたが、高価なこともあり購入者は富裕層に限られたようだ。



『トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑』では恒例となったクラシックカーの記念乗車撮影。展示車の運転席に座って記念撮影ができるということもあり、子供から大人まで人気の高いプログラムとなっている。今回はフォード モデルTツーリング、ナッシュ メトロポリタン、ロータス エランS4の4台が撮影車として用意された。

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