かつてランボルギーニのチーフ・エンジニアとして、「カウンタック」や「ウラッコ」の設計を手掛けたパオロ・スタンツァーニ氏が1月18日、80歳でこの世を去った。

1936年7月20日にイタリアのボローニャで生まれたスタンツァーニは、ボローニャ大学で機械工学を修了した後、1963年9月に創業間もないアウトモビリ・フェルッチオ・ランボルギーニに入社。ジャンパオロ・ダラーラの下で「ミウラ」の開発に関わる。レースをやろうとしないランボルギーニに痺れを切らしたダラーラが1968年にデ・トマソに移ると、後任としてランボルギーニのチーフ・エンジニアに就く。



スタンツァーニは、前任のダラーラやランボルギーニ創業当初にV型12気筒エンジンを設計したジオット・ビッザリーニと異なり、フェラーリ出身でもなければレーシングカーを手掛けていたわけでもない。新興スーパーカー・メーカーで斬新なスーパーカーを作り上げたエンジニアだった。ランボルギーニ初の量産スーパー・スポーツを目指したウラッコは、2,450mmという短いホイールベースの中にV型8気筒エンジンとトランスミッションを並べて横向きに搭載し、車内に2+2シーターを実現。カウンタックは同じ2,450mmのホイールベース内に、V型12気筒とトランスミッションを前後逆向きにすることで収めた。ホイールベースを短くすることに拘ったのはもちろん、運動性能を高めるためである。ちなみに2,450mmという数値は、トヨタのミドシップ車(ただしエンジンは4気筒)「MR-S」のホイールベースと同寸だ。



1971年に起こったボリビアの政変によって、トラクターの大量注文をキャンセルされたことから財政難に陥ったフェルッチオ・ランボルギーニが自動車部門を売却すると、スタンツァーニも1974年にランボルギーニを去るが、1990年代初めには再びミウラやカウンタックのデザインを手掛けたマルチェロ・ガンディーニと共に、新生ブガッティの「EB110」という12気筒に4基のターボチャージャーと4輪駆動システムを備えたスーパーカーを作り上げる。これが近年の「ヴェイロン」や「シロン」に与えた影響は決して小さくないはずだ。



現在でもランボルギーニの公式サイトには、「キーパーソン」の欄に彼の写真と紹介文が掲載されている。スタンツァーニの訃報に際し、同社は「そのヴィジョン、創造性、そしてプロジェクトへの革新的なアプローチは、今なおランボルギーニのインスピレーションの源となっています」と声明を発表。「パオロ・スタンツァーニのご遺族に心よりお悔やみ申し上げます」と弔意を表している。

"公道を走れるレーシングカー"とはまた違った解釈による独創的なスーパーカーの生みの親として、その名前は今後も功績と共に語り継がれるに違いない。Autoblogスタッフ一同、ご冥福をお祈り申し上げます。