かつてAT車の急発進問題が物議を醸したアウディ「5000」のMT仕様を、廃車置き場で発見
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1982年に発表された3代目アウディ「100」は、米国ではアウディ「5000」として販売された。このハイエンドなドイツ製セダンの売れ行きはすこぶる好調だったが、それも1986年11月に米国CBSの報道番組『60ミニッツ』が、"Out of Control(制御不能)"と題してこのクルマを取り上げ、多くの視聴者がアウディ 5000は恐ろしい欠陥車なのだと認識するまでのこと。そう、これこそ"元祖"急加速問題で、トヨタが多額の和解金を支払うことになった一連の問題が発生するより10年も前のことだ。これにより米国アウディの売り上げは大打撃を受けた。



筆者が先日、廃車置場で見つけたアウディ 5000は1987年型。つまり、このモデルに関する議論が反響を呼び、評価が下落する中で、見込み客たちはメルセデス・ベンツBMWのディーラーへと向かってしまい、不幸にもアウディのショールームに置き去りにされていたであろうクルマだ。しかし、件の問題とは無縁の5速マニュアルで、4輪駆動システム「クワトロ」を搭載する、雪深いコロラドの冬を走るには打って付けのこのアウディ 5000を、きっと誰かが大幅値引き価格で購入し、最終的に24万マイル(約39万km)以上の距離を走破したことは確かだ。



廃車置場にあるクルマで、イグニッションキーがついている個体は、たいてい下取り車あるいは全損扱いだったことを示している。走行距離が多く、29年落ちのアウディはオークションに出すほどの価値もなく、結局ここに放置されたのだろう。



問題となったアウディ 5000のAT仕様には、リコールによって義務づけられた変更と共に、シフトレバーに「ドライブやリバースに入れる際はフットブレーキを掛けてください」というぞっとするような警告ステッカーが全ての車両に貼られた。その後、アウディは1989年モデルイヤーから「5000」に欧州市場と同じ「100」の車名を採用したのだった。


By Murilee Martin
翻訳:日本映像翻訳アカデミー