未来的なフォルムと粗悪な品質が話題を呼んだ、1980年型トライアンフ「TR7」を廃車置場で発見(ビデオ付)
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米国で最後に新車で買えたトライアンフは、1981年モデルの「TR7」だった。当時のメーカー希望小売価格は8,455ドル。フィアット「X1/9」より500ドル以上安く、V8エンジンを搭載したフォードマスタング・コブラ」とほぼ同価格だった。トライアンフは、経営不振の悪化と度重なる合併により1968年からブリティッシュ・レイランド(BLMC)傘下となっていたが、1975年に国有化されたこの英国自動車会社グループのイメージが悪かったことに加え、特にTR7は製造品質が粗悪で信頼性が低いという評判もあり、1980年代初頭までに米国における印象はかなり悪化していた。にもかかわらず、その未来的なフォルムは勇敢で物好きなカリフォルニアの人々に思わず購入させてしまう特別な魅力があったことも事実だ。そんなTR7の1980年型のコンバーチブルを、サンフランシスコ湾岸地域にあるセルフサービス式のジャンクヤードで発見した。

トライアンフが自社開発した排気量1,998cc の直列4気筒"スラント(傾斜した)"エンジンは、最高出力が88.5馬力(ブリティッシュ・レイランドは、米国市場では "0.5馬力"という端数を切り捨てずに敢えて加えていた)を発生。サーブの「B型」や「H型」エンジンのベースとなり、「サーブ 99」(1968-1967)や「サーブ 9-5」(1998-2010)にも採用された。つまり、このスラント・エンジンはつい最近まで生産されていたクルマにも使われていたのだ。1980年型TR7 コンバーチブルの車両重量は約1,136kgと軽量で、速さも十分に楽しめたはずだ。ルーカス(電装部品)の機嫌が良ければ。



しかし、救いがたいポンコツと化したこのTR7は、もはや修復に値しないだろう。車体後部は赤の缶スプレーでペイントされ、テールライトまで塗りつぶされている。インテリアは、最終的にレッカー車でこのジャンクヤードまで運ばれてきた時より、さらに10年以上前から雨風にさらされ続けたことが見て取れるが、少なくとも最初のオーナーが屋根を開けて西海岸の陽光を浴びながらドライブを楽しんだ姿を想像することはできるだろう。



当時、TR7のスタイリングはかなり衝撃的だったらしく、「大胆で斬新なフォルム。大胆な価格で登場」というCMコピーや、犬小屋とフォトフレーム、テレビまでもがくさび型というCM映像が作られた。






By Murilee Martin
翻訳:日本映像翻訳アカデミー