YAMAHA SR400
 かつて、燃えるような恋をした。
 若さゆえの、なにもかもを吸収するような、欲望も我儘も嫉妬もいっしょくたに寸胴鍋でじっくりコトコト煮込みました!みたいな、幼いからこそ激しくも集中した恋である。
共に過ごした時間、逢えないもどかしさ、思い通りにならないコミュニケーション。だからこそ、余計に相手が愛おしかった、あの日々。
そしてある日、大人になった私は、風の便りで彼のことを聞いた。

「ずいぶん変わってしまったらしいよ」

 その落胆と動揺を、どう表せばいいのか。
 彼だけは、変わらないでいてほしかった、いや、変わらないと心のどこかで信じていた。嘘であってほしいと思ったけれど、私だってこんなに変わってしまったのだ、仕方がないのかもしれない。時間というものはときに、残酷なものだ。
 しかし、そんな落胆をよそに10年以上の時を越えてふと再会した彼は、ああ、まごうかたなき彼そのものだった。そう、時代の流れとともにしなやかな進化を遂げてはいたのだけど、どこまでも彼らしさを留めたままでいてくれたのだ。あの頃みたいに。むしろ大人びた感じで、どこか余裕すら漂わせて、もっと魅力的になって。

YAMAHA SR400
ヤマハSR400である。
 今でこそ自動車評論家という仕事に就いている私であるが、女子大生時代に親のスネかじりで普通自動車免許を取ったその真意は、なんとバイクの免許(普通自動二輪免許)を安く取るための策略的口実であった。

YAMAHA SR400 YAMAHA SR400
 そしてそのバチあたりな衝動を起こさせたツミな彼、それがSR400だったんである。
なんともいえない、バッタみたいなシンプルな外見。必要なもののなにも装備されていない潔さ。ビッグシングルの楚楚とした佇まいは、硬派であると同時にアートのように華やかでもある。
参っちゃった。一目惚れだった。
 免許を取った私はSR400を2台乗り継いだ。一台目はいわゆる"大八(ダイハチ)"と呼ばれるキャストホイールの79年型。2台目は第二世代のドラムブレーキを装備したヤツ。
パンクスやハードロックに傾倒していた当時の私のライフスタイルに、SR400はファッションとしても移動手段としても、完全に寄り添ってくれた。だから、どこにでも一緒に出掛けた。特に2台目のアイツとは、北は北海道から南は九州、本州はもちろんのこと日本中を旅して回った。それが私の、"移動出来る歓び"の原点、哲学的思想の原点、モビリティへの目覚めに繋がったっていう、カッコつけて言うとそんな感じ。

YAMAHA SR400
初恋は叶わない、なんていうけど、私の恋は完全に成就し、その後静かに終焉を迎えた。
自動車生活に完全に移行したのである。若く激しい恋の、それはひとつの時代だった。
SR400に恋した理由、そんなのはいくらだってある。

YAMAHA SR400 YAMAHA SR400
 先述のルックス、キックスタートのみという潔さ、単気筒。その孤高のブレなさ。
しかし、恋が終わったその理由はあまりに残酷だった。
 不幸なことに、どちらもキャブレターの不調を抱えていた個体で、何度オーバーホールに出しても愚図るわカブるわ挙句の果てにオイル漏れてマンションの床は黒いシミだらけになるわで、すっかりダメなヒモ男に投資するような気分になっちゃったんである。実際維持費も嵩んだし。学生にとってこれは痛い出費だったのだ。

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 そしてそんなに手を煩わされたキャブなのに、SR400が復活してインジェクションを備えたというニュースを聞いたとき、冷酷にも私は思った、「そんなんSRちゃうやん、すでに」と。変わり果てた彼のニュース、自分の青春が終わった、そんな諦観にも似た気持ち。

YAMAHA SR400
 しかし、時を経て今年、念願の公道試乗が叶ったあたらしいSR400は、あのとき恋したSRそのものだったのだ。ごめんなさい人づてのウワサだけ信じて。あなたはやっぱり、あなたでした。
 再び燃え上がるあの日の恋心、ほの甘くて苦い記憶は、新しくなったSR400の至極滑らかな加速とフラットなトルク、そして驚異的にイージーになったキックスタートで完全に復活してしまった。
そう、むしろ当時感じていたネガティブが綺麗に払拭されて、数段使いやすくユーザーフレンドリーに生まれ変わっていたのだ。

YAMAHA SR400
 跨がった瞬間にあの日々が勝手にフラッシュバックする、このしっくりくるような感覚は一定の時期を密接に過ごしたバイクだからこそ。もうそれだけで記憶の洪水に流されて涙が出そうなのだが、こんなことくらいで泣いてちゃ先に進まないので、エイヤとエンジンをかけてみる。

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 SR400といえばそう、セルスターターを持たないキックスタート機構を貫いているのもマニアが多い所以のひとつだ。その昔は「自分のコのしか掛けられない」というくらいに、個体によって差の出ていたスタート方式、通称「ケッチン」だったのだが、これもインジェクション搭載のおかげで、難なくスルっとエンジンに火が入るようになっていた。あの日のスネの青アザよ、さらば。このイージーさなら、ミニスカートを履いてもファンデーションで傷を隠す作業も必要ない。そう、昔のコレは踏み降ろしたキックレバーが跳ね返って、よくスネに返り討ちを喰らっていたんである。

YAMAHA SR400
スロットルを開ける。SRがじわっと進み出す。
ああ、これですこれ、このプルプル単気筒の心地よい振動。これぞSRの神髄だ。
アイドリングが始まれば、さらにトコトコと心地よく懐かしい振動が下半身を伝わって全身にもたらされる。
 煽り気味に吹かしつつシフトアップをしていくと、たるるる、と軽快な排気音とともに、ぐんぐん車体が速度を纏(まと)って行く。決して太すぎないトルクではあるんだけど、街の中ではこのじんわりした加速感が実に快適なのだ。しかも、気付けばしっかりと高回転まで回り、どんどん車体をスピードに乗せて行く。これなら遠出をしても無駄に疲れることもないだろう。
もちろん単気筒ならではの振動は、ハンドルにもきっちりもたらされてくる。
このビリビリ来るような細かな揺れさえもSRだから許す!と言いきれるくらいに愛らしい。

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 以前に感じていたギアあたりのパワーバンドのムラも、新型ならどこもフラットで、アップ、ダウンともにシフト操作もしやすい。なんだか思った以上にイイコになってるぞ、そんな印象を受けた。
ブレーキもそうだ。

YAMAHA SR400
 ドラムブレーキだったころには、ドライでは効きがイマイチで、ウエットだとあるところでキュっと制動が入り、何度もコワい思いをした。しかし、ディスクブレーキになった今、そんな心配は要らない。手前から奥まで制動域がコントローラブルで、しっかりと目的の場所で停止することだって余裕でこなす。
しゃかりきに距離を走り回っていてもなお、余りある体力でクセのある中古SRをねじ伏せられていた若いあの頃ではなく、今やエエ感じに自分自身も成熟している今、これくらいの癒し感があるほうが、気負いなく乗り回せてイイ。

YAMAHA SR400
 しかも、単気筒だからこそのエンジン部の軽さは、そのままハンドリングや腰下で振り回せる軽快さに繋がり、想像していた以上にスポーティーなフィールさえ与えてくれる。

洗練された、それは本当だ。

YAMAHA SR400 YAMAHA SR400
 だけど、時代と言う名の洗礼を受けてなお、もう一回言うけどやっぱりSRはSRだった。シンプルにそのことに本当に感動した。ずっと、同じ感覚で乗られる、こんなに時を経てもなお、いつだって思い出せる。機構が変わっても、このSRという偉大な個性を守り続けてくれている、そのことにいちばんキュンときちゃう。

YAMAHA SR400
 試乗時間はあっという間に終わってしまって、短い再会は幕を閉じた。だけど、あの余韻はいつまでも消えなかった。

YAMAHA SR400 YAMAHA SR400
 試乗のあと、ヤマハ繋がりってことでヤマハマリンのボートに乗せてもらったこの日だったのだけど、潮風に吹かれながらやっぱり、私の頭の中はSRでいっぱいだった。
いつかまた、SRで北海道を野宿して回る日がくればいいのにな、とそれはもう、祈るような気持ちで。

今のSR400ならもう、キャブのトラブルに泣かされることもないんだから。

■ヤマハ発動機 公式サイト
http://www.yamaha-motor.co.jp/mc/

ヤマハマリンクラブ・シースタイル 公式サイト
https://online.yamaha-motor.jp/marine/rental/apply/0002/index.html