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朝を迎えたル・マン24時間レースは、依然として2台のトヨタを1台のポルシェ追う展開が続いていた。

午前7時半頃、コース上で止まった車両や部品を片付けるため、セーフティカーが導入され、その先導による走行が20分ほど続く。この間に2台のトヨタ TS050ハイブリッドはピットに入りドライバー交替。先行していた6号車のマージンがなくなったため、ピットを出たトヨタは順位を入れ替える。セバスチャン・ブエミがドライブするトヨタ5号車が、マイク・コンウェイの乗る6号車の前へ。その背後に、ポルシェ 919ハイブリッドの2号車が迫る。



他のクラスで活躍する日本人ドライバーのチームにもトラブルが襲い掛かっていた。LM P2クラス2位を走っていた平川亮が乗るティリエ・バイ・TDSレーシングのオレカ05 ニッサンがミュルザンヌ・コーナーでコースアウトし、ステアリング・ラックを壊してリタイア。日本人ドライバーによるプロトタイプ2クラス同時制覇の夢は消えた。

レース残り5時間を切った頃、同一周回で闘いを続けていた2台のトヨタとポルシェ2号車が同時にピットイン。給油と併せてタイヤも交換するトヨタに対し、ポルシェは勝負を仕掛けたのか、タイヤを換えず一足先にコースに戻る。トップに立ち、ここでアタックしてトヨタに差を付ける作戦と思われた。これまでのレース・リポートでお伝えして来たように、ポルシェはトヨタよりも一度の給油で走れる周回数が1周少ない。つまりピットに入る回数が多くなるため、その分のタイムロスをあらかじめ稼いでおかなければ勝てないのだ。逆にトヨタは無理してポルシェに先行しなくても、後ろに張り付いて最後にポルシェがピットへ戻る時を待てばいい。



ところがこのポルシェの作戦は成功したとは言えなかった。古いタイヤのままでは、新しいタイヤに履き替えたトヨタより速く走ることはできず、相手を引き離すどころか、差は少しずつ縮まってくる。レース終了まで残り4時間というところで、トヨタ5号車がポルシェ2号車を直線でオーバーテイク。燃費で優り速さは互角のトヨタに、ポルシェは為す術がないと、このときは思われた。5号車に抜かれたポルシェ2号車に、今度は小林可夢偉がドライブするトヨタ6号車が襲い掛かる。

ところが、ここで可夢偉は攻め過ぎたのか、単独でスピンを喫しコースアウト。砂利の中に潜ったTS050ハイブリッドだが、電気モーターを使った4輪駆動の威力を発揮して這い出すことに成功。しかし、これによってボディ・ワークが破損し、ピットに戻り修復を施す。コースに戻ったとき、先頭の5号車とは3周遅れ。当然ながらポルシェとの差も拡がっていた。トヨタのワン・ツー・フィニッシュは難しくなった。



レースは残り2時間20分。ここでポルシェは初めて、前回の給油からトヨタと同じ14周を走り切る。とにかくここから先、トヨタより一回多くピットイン(給油)したら絶対に勝てないと判断したのだろう。だが、いわゆる燃費走行に切り替えたら、ますますトヨタは追いつける相手ではなかった。残り時間は刻々と過ぎて行き、1位トヨタと2位ポルシェの間は縮まらない。



レース終了まであと10分となった頃、2号車ポルシェが急遽ピットイン。タイヤを交換する。優勝は諦めて、最後に最速ラップを記録する考えか。あるいは安全に2位でチェッカーフラッグを受けるためか。と、誰もがトヨタの優勝を確信しつつ、ポルシェ最後の走りに注目が移っていたそのとき、中嶋一貴がドライブするトップのトヨタ5号車がいきなりスローダウン。こんな速度であと2周、ポルシェの追撃から逃げ切ることができるのだろうか、と誰もがモニターを見ながら固唾を呑んで見守る中、ゼッケン5番を付けたトヨタのハイブリッド・レーシングカーはメインストレートの右端にゆっくりと停止した。1分以上も経ってから、その横をポルシェ2号車が通り過ぎていく。喚起に沸くポルシェのピット。静まりかえるトヨタのスタッフ。24時間レースの残りもあと3分というところで、ル・マンの女神はトヨタを袖にした。ポルシェは昨年から2連覇、ル・マン最多優勝記録を18に更新した。



ゆっくりと走行を再開した5号車だが、規定時間以内に最後の周を走りきることが出来ず、優勝はおろか完走扱いにもならなかった。代わって傷ついた6号車が2位となる。多くのトラブルに見舞われたアウディ R18が3位と4位。5位の36番シグナテック アルピーヌ A460 ニッサンがLM P2クラス優勝だ。



世界のスーパーカー(をベースにしたレースカー)が鎬を削るLM GTE Proクラスでは、レース序盤から50年前の歴史を彷彿とさせるようなフォード対フェラーリの激しい戦いが続いた。レース終了まで4時間30分というところで、フェラーリ 488GTEをコース上で抜き去った68番のフォード GTが、そのままクラス優勝を成し遂げる。50年前にル・マンでアメリカ車として初めて優勝したレーシングカーと同名のスーパーカーを作り上げたフォードは、今年4台ものフォード GTをサルト・サーキットに送り込んだ。しかし、結局フェラーリの前でフィニッシュしたのは1台だけ。ル・マンで勝つことの難しさをフォードはよく知っていたとも言える。



細菌に感染して両手足を失いながら、ル・マンに出場するという夢を叶えたフレデリック・ソーセは、レースの最後で特別な装置を取り付けたモーガン LM P2のコクピットに再び収まり、暖かい祝福の拍手の中、チェッカーフラッグを受ける。無事に完走しただけでなく、特別枠からの出場ながら44台中38位という順位も見事だ。



なお、現在のところまだトヨタから5号車がスローダウンした原因についての発表はない。悲劇の瞬間にドライバーを務めていた中嶋一貴選手はこう語っている。

「まず、チームの皆に有り難うと言いたいと思います。TS050ハイブリッドは運転しやすく、すべては上手行っていました。レースの終盤、僅か20秒後ろをポルシェ#2号車が追い上げて来ましたが、上手くペースを作ることが出来、心配はしていませんでした。しかし、2周を残したところで万事休す。トロフィーを手にすることが出来なくなりました。最終周に、私がTS050ハイブリッドで走リ出すとマーシャルやファンはとても暖かく迎えてくれて、感情が高ぶるのを覚えました。来年こそトロフィーを獲得しに帰って来ます」



トヨタが今年、最も優れたマシンを作り上げたことは疑いようのない事実だ。しかし、レースでは優れたマシンが必ず勝つとは限らないし、機械であればどんなに優れたマシンでも壊れないとは限らない。また、そんな機械を作るのも使うのも人間が関わる以上、ミスを完璧になくすことも不可能だ。トヨタの戦いとその結末を目撃した我々は、改めて24時間レースの壮絶さを思い知らされた。だからこそ、その勝者には最大の歓喜が、見る者には最上の感動がもたらされる。

レースに勝ったが勝負に勝ったとはきっと思わないポルシェも、来年はさらに強力なマシンを用意してくるだろう。らしからぬトラブルが多発したアウディとチーム・ヨーストが、このまま引き下がるとも思えない。衝撃的なゴールから一夜明けた今、来年のル・マン24時間レースをますます面白くするために、今年のレースはあったのではないかという気さえしてくるのであった。