ホンダの高級車ブランド、アキュラの礎を築いた5つのモデルを振り返る
今から30年前、ホンダはそれまで見たこともなかったようなブランドを立ち上げた。それが「アキュラ」だ。

ホンダは当時、小型で燃費のよい手頃な価格の(どちらかと言えば実質本位の)クルマを作ることで、すでに評価を確立していた。そんなメーカーが高級車の分野に進出するという計画に、見通しを危ぶむ声が少なくなかったのは当然だろう。しかし、それから30年の間、アキュラはホンダにとって誇るべき実績をいくつも積み重ねてきた。

アキュラは若年層に人気が高く、2000年代生まれにもっとも支持されているラグジュアリー・ブランドだ。 アキュラが市場に登場した時には生まれたばかりだった彼らは、今回ご紹介する5つのモデルを知らないかもしれない。だが、現在の成功を築き上げたのは、紛れもなくこれらのクルマたちなのだ。


1986~1990年 アキュラ「レジェンド」
アキュラがブランドを起ち上げたとき、用意された製品はたったの2車種のみ。ミッドサイズの「レジェンド」とコンパクトな「インテグラ」だ。後ほどインテグラについても少し触れるが、何よりブランドの土台を固めたのはレジェンドの方だった。

高級車を作るには、外部からの助けが必要だと理解していたホンダは(何せ、まだV6エンジンを製造したこともなかったのだ)、英国のローバー社と手を組むことを選択。アキュラは洗練されたレジェンドを、ローバーは「825」(米国では「スターリング 825」として販売)を誕生させた。この提携が功を奏したのは明らかにアキュラの方で、レジェンドが丈夫で息の長いモデルとなったのに対し、825は壊れやすく、特に米国では売り上げも振るわないまま短命に終わっている。

初代のレジェンドは、BMWの「5シリーズ」やメルセデス「300E」にも割安な価格で対抗できるモダンなクルマとして認知された。最近、ラッパーのリュダクリスによって思いがけない注目を集めたのは、1990年に登場した2代目だ。

レジェンドは生産が終了してすでに20年が経っているが、その精神はアキュラ「RLX」に受け継がれている。



1990~2003年 アキュラ「NSX」
ホンダは再び未知の領域に目を向け、今度は1989年のシカゴ・オートショーでアキュラ「NSX」を発表した。

多くの市場ではホンダ名義で開発・発売されていたモデルだが、米国においてはアキュラの名のもとに最先端のミドシップ・スポーツカーとして登場し、同ブランドの方向性を決定づける存在となった。NSXが登場するまで、アキュラのラインアップには本格的なスポーツカーがなく、欧州ブランドに大きく差をつけられていたのだ。

しかし、同時期にトヨタからレクサスが、そして日産からインフィニティがデビューしたこともあり、アキュラは独自の地位を築く必要性を感じていた。NSXはそれから15年以上に渡り、ブランドのフラッグシップとしての役割を担ってきた(写真は最終期のモデル)。また、数々の困難なレースに挑戦したことで、特別な敬意を得たモデルでもあった。

アキュラは最近、NSXを復活させ、3.5リッターのV6エンジンと3つの電動モーターを搭載し前後輪を駆動させるハイブリッド・スポーツカーに生まれ変わらせた。



1995~2001年 アキュラ「インテグラ タイプR」
ある世代のエンスージアストを夢中にさせたクルマだ。当時はインターネット上で数ドルで売られていた"TYPE R"のステッカーを貼った模倣車が数多く出回った。

アキュラ「インテグラ タイプR」は、これまで製造されたクルマの中で最もハンドリングの優れた前輪駆動車として広く知れ渡っている。販売当時の車両価格は3万ドル(現在のレートで約320万円)を切り、手の届きやすい存在だった。

その仕立て方はシンプルだ。すでにバランスに優れた2代目インテグラをベースに、パワーを引き上げ、チューンしたサスペンションと巨大なウィングを装備したら、キラキラ輝く魔法の粉が大量に振りかけられたというわけだ。毎年、数種類の明るいカラーを発表し、限定生産することで常に注目を集めてきた。

現在、アキュラのインテグラ タイプRを手に入れようと思ったら幸運を祈るしかない。状態のよいものには4万ドル(約430万円)もの値が付けられており、さらに値上がる傾向は留まる気配がない。



2001年~現在 アキュラ「MDX」
アキュラは最初から順調なわけではなかった。しかし、MDXが初代から成功していたことは確かだ。

乗用車をベースとする3列シートを備えたクロスオーバーとして15年前に登場したMDXは、アキュラが流行のSUV市場に投入した最初のモデルではない(いすゞ「ビッグホーン」のOEM車「SLX」が提供されていた)。しかしながら、SUVらしからぬ高い運動性能と高級感、広々としたインテリアを兼ね備えたMDXは例外的な成功を収めた。

後続モデルも初代とほぼ同じスタイルを踏襲しており、これを目当てにディーラーのショールームへ訪れる購入者が後を絶たない。今ではこのMDXと小型の兄弟車「RDX」が、米国におけるアキュラの売上の3分の2を占めている。



2004~2008年 アキュラ「TSX」
市場においてアキュラが築いた現代のポジションは、初代「TSX」によるところが大きい。BMWにひけを取らないドライビングの楽しさを、お手頃な価格で与えてくれるコンパクトセダンだった。

同時に、初代TSXはアキュラの歴史の大部分を潜在的に示しているとも言える。

TSXの成り立ちはシンプルだ。1990年代半ば、ホンダは「アコード」のラインアップを、世界の各地域にそれぞれ合わせた異なるモデルとして展開を始める。当然のことながら、欧州仕様と日本仕様は、米国向けの大型化したモデルより、少しばかりスポーティだった。そしてこれを見た米国ホンダの誰かが、そのしなやかな欧州・日本仕様アコードをアキュラに応用し、2004年にTSXとして米国で発売することにした。

その後は2代目が登場し、多くの点で改良が施されたが、初代に見られた個性は薄まった。現在、TSXの名前は既になく、「シビック」をベースにした凡庸な「ILX」がアキュラのエントリーレベルとして展開されている。

TSXの後継車が、再びマジックを起こすことを期待しよう。


By Autoblog
翻訳:日本映像翻訳アカデミー