ジャガー、ル・マン優勝マシンの公道仕様車「XKSS」を再生産! 価格は 1億6,000万円以上
1954年に登場したジャガーDタイプ」は、当時最新鋭のレーシングカーだった。さらに理論上では、英国コヴェントリーのブラウンズ・レーンにあるジャガーの工場から、フランスのル・マンまで運転して行き、24時間レースに出場してからまた自走で帰ってくることも可能だった。トップレベルのレーシングカーと、その公道仕様のスポーツカーとの間に、それほど大きな違いがない時代だったのだ。今の時代にアウディの「R18 e-tron quattro」で同じことはできないし、またしようとも思わないだろう。


ジャガー「XKSS」は、Dタイプのロードカー・バージョンであり、公道走行用にフロントウインドシールドや幌など最低限の装備が加えられたモデルだ。1956年にル・マン24時間レースで連勝を遂げたジャガーの創設者サー・ウイリアム・ライオンズは、1957年1月14日にDタイプの未使用シャシー25台分を使ってロードカーを製造することを決意。翌月までに16台のXKSSが完成し、さらに残りの数台が作業中だった。実際、大幅な改造ではなく、フロントガラスや助手席側のドアが設けられ、キャビンの仕切りとドライバーの後ろにあった人目を引くフィンが取り外されただけだ。それ以外は、ル・マンを制覇したレーシングカーと大きな違いはなかった。

しかし、1957年2月12日の夜に悲劇は起こった。ブラウンズ・レーン工場が火災に見舞われ、製造途中の9台が消失したのだ。火災現場が片付けられた後には残骸も得られなかったという。それゆえ、ジャガー愛好家やジャガー社さえもが、この"失われた"クルマの存在を忘れられずにいた。

それから60年近くが過ぎた現在、ジャガー・ランドローバー・スペシャル・オペレーションズのクラシックカー部門は「ライトウェイトEタイプ」の再生産モデルを成功させた後、ついに失われた9台のXKSSを再び製造することに決めた。今回もライトウェイトEタイプと同様に、選ばれた顧客やコレクターたちのために1台ずつハンドメイドされる。ジャガーによれば、価格は100万ポンド(約1億6,000万円)を超える見込みだという。XKSSは火災で失われた逸話を知るファンたちが渇望し、また、スティーブ・マックイーンが愛したことでも有名だから、最初のオーナーが手放すときには、さらに高値で取引される可能性もある。

ジャガーは来年初頭にはこの再生産されたXKSSの納車を開始する予定だ。


By Alex Kierstein
翻訳:日本映像翻訳アカデミー