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2月3日(現地時間)、北米トヨタのCEOであるジム・レンツ氏は、トヨタが北米で展開してきた若年層向け向けブランドのサイオンが13年間の歴史に幕を閉じ、トヨタ・ブランドに移行することになったと発表。新たな顧客層を引きつけたものの、最終的に親会社から資金を調達する形になったためであると述べた。

スポーツカー「FR-S」(日本名:トヨタ 86)やコンパクトセダン「iA」(画像:マツダ デミオがベース)、5ドア・ハッチバック「iM」(日本名:トヨタ オーリス)はバッジが付け替えられ、8月からトヨタ車として2017年モデルが販売される予定だが、クーペ「tC」は生産を終了。またLAオートショー 2015ではサイオン・プランドから発表された「C-HR」も、トヨタ車として導入される。これまでに多大な労力をささげてきたサイオンの22人のチーム・メンバーは、米国トヨタ自動車販売で雇用される予定となっている。

トヨタによれば、今回の決断は顧客のニーズに応えた結果とのこと。最近の若い購入客は、サイオンが提供する個性的なデザインや特徴だけでは満足せず、実用性も求める傾向にあるという。そのため、彼らの両親世代と同様に、トヨタのブランドイメージや品質、耐久性、信頼性を評価するようになった。さらに現在は、トヨタ・ブランドのクルマもダイナミックな外観や運転の楽しさを備えたものになっており、若年層にもアピールすると述べている。

同時に、サイオン・プランドがこれまで成し遂げた功績についても主張している。サイオンの客層は平均年齢が36歳であり、全体の70%の顧客がトヨタにとって新規顧客になったという。同ブランドは発足以来、100万台以上のクルマを販売してきた。売り上げ台数がピークだったのは2006年で、17万3,034台を販売している。しかし、その後は2007年から2008年にかけて13万181台から11万3,904台まで減少し、2009年の不況で一気に5万7,961台にまで落ち込んだ。そして、2010年は過去最低となる4万5,678台となった。

「これはサイオンの後退ではなく、トヨタにとっての大きな躍進だ。トヨタのネットワークでは困難だった迅速な対応が求められるアイデアも、サイオンのおかげで試すことができた」とジム・レンツ氏は語る。また同氏は「私はサイオンの設立にも関わった(当時、サイオンのバイス・プレジデントを務めていた)。サイオンの目標は若い顧客を惹き付ける方法を学ぶことで、トヨタとそのディーラーをさらに成長させることだったが、我々は今まさにこの目標を達成できたと感じており、非常に誇りに思う」と続けた。

サイオンは大幅な売り上げの落ち込みから一向に抜け出せない間も、親会社のマーケティングとディーラー戦略のたたき台としての役割を果たした。値引きに応じることなく、合理的なオプション・プラン(カラーとトランスミッションしか選べない車種もあった)やプリペイド方式のメインテナンス・プランを導入した。

トヨタ上級副社長のボブ・カーター氏は「1,004店舗におよぶサイオンの全ディーラーには、ブランドを支えてくれたことに感謝したい。どのディーラーも、これまでの尽力により大きな成果と有益な見識を得たはずだ。今後、我々はディーラーと密接に連携して移行を進め、お客様にもご理解いただけるようサポートしていくつもりだ」と述べた。

調査会社IHSオートモーティブのシニアアナリスト、ステファニー・ブリンリー氏は、かつてゼネラルモーターズが小型車専門として展開したが2010年に閉鎖したブランド「サターン」とサイオンを比較し、「サイオンから学ぶことができる2つの教訓は、GMがサターンの経験から学ぶべきだった教訓と似ている。1つは、ブランドは一貫した絶えることのない長期的サポートなしには成功しないということ。そしてもう1つは、製品ラインアップを充実させること以上に、販売とサービスに対するアプローチを強く差別化しても、長期的な成功は難しいということだ」と分析している。

日本語のプレスリリースはこちらからお読みいただける。ブランド移行を伝えるジム・レンツ氏のビデオもあるので、興味のある方はご覧いただきたい。




By Greg Migliore
翻訳:日本映像翻訳アカデミー