GAZOORacing TAS2016
「あれから10年が経過したのか・・・」
 GAZOORacingが2007年にニュルブルクリンクにやってきた時、世界のトヨタが僕の愛するステージに興味を示したというのに、歓迎する気持ちではまったくなかった。

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 その時、僕はすでに10数年のニュルブルクリンク参戦経験があったし、特にその年は、ヨーロッパホンダのドライバーとして、ドイツ人に囲まれながら孤独に戦っていた。にもかかわらず、トヨタが物見遊山で場を荒らすのではないかと想像して、眉をしかめたのである。
 当時、副社長だった豊田章男さんに僕は、不遜なことばを投げかけた。
「僕が人生を駆けて挑んでいるニュルを観光気分で荒らさないでほしい」
 すると豊田章男社長は、僕の目をまっすぐ見てこう言ったのだ。
「そんな気持ちではない。ニュルを走ることで人を鍛え、クルマを鍛えるためにここに通うつもりです」
 その時の顛末は、自書「豊田章男の人間力」(学研ハプリッシング刊)に綴っている。
 僕はその翌年、GAZOORacingのドライバーに招き入れられた。あれから10年が経過したのである。

 今年の東京オートサロンのGAZOORacing ブースを華やかに飾ったマシン群は、今年で10年目の参戦となるGAZOORacingの歴史そのものである。

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 2008年、GAZOORacing ドライバーとなった僕に与えられたマシンは「レクサスLF—A」だった。まずその時点では市販されておらず、開発のための参戦だった。
 色香のないマッドブラックのボディは開発車だからであり、レギュレーションで定められたステッカー以外にロゴらしいロゴはないことも、宣伝目的の参戦ではないことの証明だ。もっと言えば、プログラムに記されていた車名は「レクサスLFーA」。正式名称は「レクサスLFA」だ。音引きで「A」を結びつけているのは、トヨタ社内で開発中の車両であることを意味する。

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それ以来、GAZOORacingは開発のための参戦を続けていくことになる。

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 主体はレクサスLFAだった。参戦クラスはSP8。オーバーオールを狙うのはGT3マシンクラスのSP9なのだが、我々はあえて市販車の面影を残すSP8に拘ってきたのは、クルマを鍛えるというコンセプトにブレがないことを意味する。

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 年々戦闘力を高めるための細工を施しているものの、基本構成は市販車に準ずる。エンジンはオリジナルの4.8リッターV型10気筒だし、組み合わされるミッションも市販車そのままなのも、市販車との互換性に拘るからである。

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 その後、トヨタ86やレクサスRC、さらに今年は、まだショーモデルとして発表されたばかりの「C-HR」が加わることも、同様な理由なのだ。

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 それにしても、ずらりと並んだマシン達を見ると、それぞれに思い出があり、数々の勝利を手にしてきたのだなぁと感慨深い。純レーシングマシンクラスのSP9と互角に戦い、総合でも上位に加わってきた。何度ものクラス優勝を飾ってきたのは嬉しい思い出だ。

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 僕にとって、特に記憶に深く刻まれているマシンはゼッケン「83」と「48」のレクサスLFAである。その理由は、クラス優勝を飾ったからではない。僕がセッティングリーダーとして牽引したマシンだったし,その優しい乗り味は多くのドライバーに高く評価されたからだ。
「一握りのプロドライバーだけが操れるマシンではなく、誰もがイージーにコントロールできる乗り味を・・」というチームのリクエストに応えることのできたマシンとして印象深いのである。
 まさにそれも、2008年にGAZOORacingがニュルブルクリンクにやってきて、そこで豊田章男社長が僕と約束した言葉が嘘ではなかったことを証明しているのだ。

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 僕は今年レクサスRCでニュルブルクリンクに挑む。10年目というひとつの節目に、気が引き締まる思いでいるのだ。


■トヨタ自動車 公式サイト
http://toyota.jp/

■GAZOORacing 公式サイト
http://gazooracing.com/