自動車評論家の徳大寺有恒(本名:杉江博愛)さんが11月7日、急性硬膜下血腫のため74歳で死去した。

Autoblog読者の方なら一度は目にしたことがあるかも知れない、『間違いだらけのクルマ選び』などの著書で知られる徳大寺さんは、トヨタのワークス・ドライバー出身。1964年に開催された第2回日本グランプリにも「トヨペット コロナ」に乗って出場されている。引退後にカー用品を扱う「レーシングメイト」という会社を興すが倒産。一時はタクシー運転手をされたりしていたそうだ。自動車評論の仕事を始めるも、それだけでは生活できず、その頃の主な収入源はファッション雑誌のライターとしてのお仕事だったとか。

杉江博愛という本名を隠し、よく知られる徳大寺有恒というペンネームで『間違いだらけのクルマ選び』を執筆する動機となったのは、貧しい生活をしていた時に奥様の貯金で買ってもらったという初代フォルクスワーゲン ゴルフに感銘を受けたから、とお書きになっている。日本の自動車設計・自動車批評において、ゴルフが"ベンチマーク"となったのは、徳大寺さんによるところが大きいとも言えるかも知れない。その後、『間違いだらけのクルマ選び』はシリーズとして大ヒット、数々の雑誌(自動車専門誌だけでなく一般誌も含む)等に寄稿し、自動車メーカーの人たちから「先生」と呼ばれる存在になられてますます、メーカーや広告関係者の顔色を窺うことなく、歯に衣着せぬ辛口評論で、発売される新型車を一刀両断され続けた。



自動車だけでなく、同じようにそれを愛する仲間をとても大切にされる方だったと思われる。記事中の写真は、地方で開催された決して大規模とは言えないあるイベントに参加されたときのもの。このときは"お仕事"ではなく、1人のクルマ好きとして集まった名車を囲み、皆さんと歓談されていた。

亡くなる半年前、アルファ ロメオ 4Cの発表会には、車椅子で自ら会場までいらしていた。その時、お身体はとてもお元気そうとは言えないご様子だったが、クルマに対する情熱は今でもお持ちなのだな、と思った。きっと最期までそれは失せることがなかったに違いない。

確固たるスタイルに、反感を抱く人も少なくなかったが、憧れる人も多かった。それがきっと徳大寺さんのダンディズム。内燃機関の自動車の、おそらく最も幸福な時代を生き、そして逝かれた日本自動車ジャーナリズムの"巨匠"に、謹んで哀悼の意を表させていただきます。