ホンダ・コレクション・ホールで28日まで、歴代5台の「マクラーレン・ホンダ」を展示中!
栃木県の「ツインリンクもてぎ」内にある「ホンダ・コレクション・ホール」では、歴代5台の「マクラーレン・ホンダ」F1マシンを一堂に集めた特別企画展『16戦15勝の追憶~F1にもたらされたエレクトロニクスの波~』が、10月28日まで開催されている。

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1986年と1987年、エンジン・サプライヤーとしてウイリアムズ・チームに2年連続のコンストラクターズ・タイトルをもたらしたホンダが、名門マクラーレン・チームと初めてタッグを組んだのは1988年シーズンのこと。当時マクラーレンには1985年・1986年と2度の世界チャンピオンに輝いたアラン・プロスト選手が在籍していた。そこにホンダは、前年にエンジンを供給していたロータス・チームから、若手有望ドライバーとして注目されていたアイルトン・セナ選手を引き連れて行く。こうして史上最強のF1チームが誕生した。



マクラーレン・ホンダ MP4/4

この年、"初の顔合わせ"にも拘わらず、プロストとセナがドライブする「マクラーレン・ホンダ MP4/4」は、開催されたF1グランプリ全16戦中、イタリアGPを除く全てのレースで勝利するという圧倒的な強さを発揮。コンストラクターズ・タイトルと、アイルトン・セナが初のドライバーズ・タイトルを獲得した。この頃のホンダ・ターボ・エンジンの凄さは、パワーだけでなく燃費性能に優れていたことにもある。前年からターボ・エンジンにはレギュレーションにより最大過給圧と燃料積載量の制限が課せられ、1988年になるとそれがさらに厳しくなった。そんな中、高い燃焼効率と安定した性能を発揮することができたからこそ、ホンダ・エンジンは強かった。また、その緻密なエンジン・マネジメントが可能になったのも、ホンダがF1に持ち込んだテレメトリー・システムをはじめとするエレクトロニクス技術によるところが大きい。今回の企画展に「~F1にもたらされたエレクトロニクスの波~」とあるのは、エンジン本体だけでなく、そんな技術に対するホンダの自負の現れと言えるだろう。

だがあまりにも強すぎたホンダ・エンジンの活躍は、F1の車両規定に「ターボ禁止」の項目を付加させることになってしまう。実質的にはホンダ・ターボ・エンジンの"締め出し"だ。これを聞いたホンダのエンジニア達は激怒。88年の戦績をこれ以上ないほどの「目標達成」とし、F1からの撤退も考えたという。

しかし、そのことを報告したとき、本田宗一郎氏はこう言ったそうだ。
「ホンダだけがターボ禁止なのか?」
もちろん、違う。
「みんなが同じ条件ならいいじゃないか。結局ホンダが1番いいエンジンを作るのに決まっているのだから」



マクラーレン・ホンダ MP4/5

この言葉でホンダのF1参戦は継続へ。それまでの1.5リッターV型6気筒ターボに代わる3.5リッター自然吸気V型10気筒を開発することになる。これを搭載した「マクラーレン・ホンダ MP4/5」は前年に引き続きダブル・タイトルを獲得。2人の天才ドライバー間に軋轢が生じるという問題もあったが、アラン・プロストが自身3度目の世界チャンピオンに輝いた。創始者の言葉通り、ホンダ・エンジンはターボでも自然吸気でも優れていることを実証してみせた。


マクラーレン・ホンダ MP4/5B

1990年にはチームを去ったプロストに替わり、ゲルハルト・ベルガー選手が加入。1988年に"取りこぼし"たイタリアGPの勝者だ。マシンは前年からの発展型である「マクラーレン・ホンダ MP4/5B」。ホンダ・エンジンのパワーを活かし、他のチームよりもリア・ウイングを立ててダウン・フォースを稼ぐ姿が印象に残っている方も多いだろう。プロストの移籍したフェラーリとシーズン後半まで熾烈な戦いを繰り広げたが、第15戦日本GPの第1コーナーでセナとプロストが接触して共にリタイア、それでセナ2度目のチャンピオンが決まる。ホンダとマクラーレンはコンストラクターズ・タイトル3連覇を達成した。


マクラーレン・ホンダ MP4/6

翌1991年、ホンダは実に23年ぶりとなるV型12気筒を開発。これを搭載する「マクラーレン・ホンダ MP4/6」でセナは開幕から4連勝という当時の新記録を達成する。この年、中盤から手強いライバルとなったのは、かつてホンダと共に一時代を築いたウイリアムズ。しかしそれを抑え、セナは2年連続3度目のドライバーズ・タイトルを獲得。チームも最終戦でコンストラクターズ・タイトル4連覇を決めた。日本GPではセナがベルガーにゴール直前で優勝を譲り、この行為が物議を醸したことも。


マクラーレン・ホンダ MP4/7

そしてホンダ第2期F1活動最終年となる1992年。マクラーレンは第3戦からセミ・オートマティック・ギアボックスやドライブ・バイ・ワイヤなどの新技術を採用した「マクラーレン・ホンダ MP4/7」を投入したが、ナイジェル・マンセルに初のタイトルをもたらすことになる「ウイリアムズ FW14B」に歯が立たず。"エンジンだけでは勝てない"時代となったF1に、ホンダは参戦休止を発表。5年間で44勝、勝率5割5分という戦績を残し、最強エンジン・サプライヤーはF1の世界から姿を消すことになる。ロータス・ホンダ時代から数えて6年間に及ぶ戦いを共にしたアイルトン・セナは、この報せを聞いて涙した。



今回の企画展では、その5年間にF1を戦った5台のマクラーレン・ホンダを展示。V6ターボ、V10、V12という歴代3種類のエンジンも見ることができる。そして来る2015年、ホンダは再びマクラーレン・チームと組み、「パワーユニット・サプライヤー」としてF1に復帰すると決まったことは先日お知らせした通り。ホンダ・コレクション・ホールには常設展示として第1期、第3期のマシンも置かれているので、この機会に是非、ホンダF1参戦の歴史に触れてみてはいかがだろうか。詳しい情報は、ツインリンクもてぎ公式サイト内に用意された以下のページをご覧いただきたい。

Honda Collection Hall:企画展のお知らせ


By Hirokazu Kusakabe (Facebook)

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