【ザ・コンクール・デレガンス・ジャパン 2013】スーパーカーの祖「ランボルギー ミウラ」!
7月19日から21日にかけて、神奈川県横浜市で「ザ・コンクール・デレガンス・ジャパン 2013」が開催された。

会場となった横浜美術館正面入り口前には、1970年代中頃までに製造されたクラシックカーの中でも、「特に美しく、学術的、文化的見地から見ても希少性の高い個体のみ」約40台が展示され、「その保存状態の美しさやオリジナル性の高さ、そして時代考証の確かさなどを」競い合った。その出展車両の中から、今回はまずイタリアン・スーパーカーの祖ともいえる「ランボルギーニ ミウラ」をご紹介しよう。

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1963年に創立したばかりの新興高級グランツーリスモ・メーカーだったランボルギーニは、1965年のトリノ・オートショーにボディが載せられていないシャシーだけのクルマを1台展示する。プレス鋼板を溶接して作られたそのシャシーには、まるでレーシングカーのようにV型12気筒エンジンがコクピット背後にミドシップ・マウント。今でこそ珍しくない、というかそれ自体が"お約束"の1つとも言えそうな「"ミドエンジン"のスーパーカー」だが、この頃はまだそんなクルマどこにも存在しなかった。"高性能スポーツカーに乗ることの粋とはレーシングカー(に極めて近い車)を街中で転がすこと"、という信条を持っていた当時の裕福なエンスージァストたちは、この「TP400」と名付けられた新型車の予告編に、大きな注目と期待と、気が早い人なら高額な予約金を、寄せた。



翌年のジュネーブ・モーターショーで、TP400は流麗なボディを纏ったグランツーリスモとしてデビュー。それがレーシングカーではなかったことにクルマ業界のマスコミたちは落胆したというが、前述のようなエンスージァスト諸氏は我先にと注文を入れ、ショーが終わる頃には100台にも上る予約リストが出来上がっていたといわれている。スタイリングを担当したのはカロッツェリア・ベルトーネでチーフ・デザイナーに就任したばかりのマルチェロ・ガンディーニ。当時まだ27歳だった。車体の設計は後にレーシングカー・コンストラクターとして名を馳せるジャンパオロ・ダラーラが手掛けた。このとき彼は若干29歳。創業僅か3年の新しい会社で、20代の若者を中心に生み出されたこのスーパースポーツカーは、数々の勇猛な闘牛を育てたスペイン・セビリアにある牧場のファミリー・ネームに因み「ミウラ」と名付けられた。



順調に受注は集まったものの、排気量4リッターの巨大なV12エンジンを横置きミドシップ・マウントするという前例のないロードカーの生産化は困難の連続だったようで、発表から1年経った1967年3月にようやく待ちわびた顧客のもとへ市販型第1号車が引き渡される。イタリア語で「後部」を意味する"posteriore"の頭文字と排気量の数字を取って「P400」と名付けられた初期のモデルは、しかし、実はまだ開発途上で多くの問題を抱えていたと言われ、生産を続けながらシャシーに使われる鋼板の肉厚を上げたり、シャシー・フロント部の補強やサスペンション・アライメントの見直し等が行われた。そんな見えない部分の改善に続き、ミウラは1968年のトリノ・オートショーでエンジンの出力アップとインテリア等に改良を施した「P400S」へ進化。「S」はイタリア語の"Spinto"、「押し進められた」という意味である。



その後、「イオタ」というニックネームで有名な実験車両によるテストを経て、1971年にはリア・サスペンションを大幅に強化したミウラの完成形とも言える「P400SV」が登場。さらにパワーアップされたエンジンの最高出力はP400と比べて35馬力も上回る385馬力、最大トルクは3kgmほど向上して40.7kgmを発揮、と発表されている。後輪にはよりワイドなホイールを採用し、これを収めるため、リア・フェンダーも拡げられた。また、イオタと同様に、このSVではエンジンとトランスミッションの潤滑系統が分離され、機械式LSDも装備することが可能となっている。

外観における特徴は、ヘッドライト周辺の"睫毛"を思わせるスリットが廃止され、フラットな艶のあるブラックのパーツに変更されたこと。1973年まで生産が続けられたP400SVの中でも、今回展示されていたライムグリーンの1971年型は初期のモデルであるため、この部分が2分割されていることに注目。因みに中日ドラゴンズの山本昌投手が所有するイエローのミウラ P400SVも同タイプである。車名に加わった「V」はご存じイタリア語で「速い」を意味する"Veloce"から。全部で750台あまりが製造されたミウラの内、P400SVの生産台数は150台ほどと言われている。全高僅か1.1mのボディは低く、ワイドに見えるが全幅は現行型「フォルクスワーゲン ゴルフ」より狭い。全長は最終型の「ホンダ インテグラ」とほぼ同じ。マット・ブラックのルーバーで隠された3,929ccV型12気筒は、搭載方向を横から縦に変えて後継モデルの「カウンタック」へ受け継がれる。




現代のスーパーカーまで通ずるミドシップ12気筒と、1960年代製グランツーリスモならではの優美なボディ・ラインを合わせ持つことにより、ミウラはスーパー・スポーツカーの歴史において希有な輝きを放ち続けている。作り出した人々の野心と情熱に惹き付けられるのか、それとも刹那的な美しさに魅了されるのか。8,000rpm近くまで回る12気筒エンジンをミドシップ・マウントしながら、決してレースに出ることを目的としなかったミウラこそ、いま我々が思い描く「スーパーカー」というモノの出発点ではなかっただろうかと思う。


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