マクラーレン、
マクラーレンは、アメリカ・カリフォルニア州モントレーで開催されるペプルビーチ・コンクール・デレガンスにおいて、「ある匿名のエンスージァスト」のためにワンオフで製作したというスーパーカー「X-1」を披露すると発表した。ご自分の描いた「夢のクルマ」を、F1直系のメーカーがそのまま形にしてくれるという何とも贅沢な話。"真夏の夢" として、一緒にご覧いただきたい。

マクラーレン・オートモーティブという会社には、顧客の特別注文に応える「MSO(マクラーレン・スペシャル・オペレーション)」という部署がある。その仕事の多くは、市販モデル「MP4-12C」に、オーナー独自の好みに合わせた特別なカラーリングやインテリア・トリムなどを施すことではあるが、それだけではない。白紙からデザインを興して、一品製作のボディ・パネルやパーツを用意し、世界に1台だけのスーパーカーを作り上げることも可能である、ということを実証して見せたものが、今回の「X-1」と名付けられたワンオフのモデルだ。



このプロジェクトがスタートしたのは約3年前。MP4-12Cが世に出るよりも前のことだという。「マクラーレン F1(1993年に発売されたスーパーカー)」や、「メルセデス・ベンツ SLR マクラーレン」、そして今ではもちろん「MP4-12C」を所有する1人の裕福なエンスージァストから、「自分だけのクルマが欲しい」という注文を受けたことが始まりだった。マクラーレン・オートモーティブのロン・デニス会長が彼と話し合った結果、MP4-12Cのメカニカル・コンポーネントはそのままで、彼自身の「個性と要求を反映した独自のボディを載せたクルマ」を製作するということで方針が決まったという。



次に、MSOのプログラム・ディレクターであるポール・マッケンジーと、MP4-12Cを担当したデザイナーのフランク・ステファンソンが注文主のもとを訪れ、具体的にどんなデザインにするかを話し合った。BMWの「MINI」や「フェラーリ F430」のスタイリングを手掛けた経歴を持つステファンソンは、次のように語っている。

「注文された方の要求を満たす鍵となりそうな特質を言葉で表すと、"時代を超越した古典的な優雅さ" となるでしょうか。それはなかなか挑戦する甲斐のあるテーマでした」

この話し合いのために、マクラーレンのデザイン・チームは数百枚に及ぶイメージ画像を用意して臨んだという。世界中のあらゆる時代から集めたそれらの写真や画像は、自動車だけでなく、建築、ファッション、デザイン、映画まで含まれていた。3時間以上にわたる話し合いの中で、その分厚い資料をまとめたノートの中から顧客の琴線に触れる物だけを選りすぐっていった結果、ノートはどんどん薄くなっていった。

最終的に残された自動車の写真は、1961年型「ファセル・ヴェガ」や、1953年型「クライスラー・デレガンス・ギア」、1959年型「ビュイック・エレクトラ」、1939年型「メルセデス・ベンツ 540K」、1971年型「シトロエン SM」など。他にもニューヨークやビルバオにあるグッゲンハイム美術館などの建築物や、ジャガー・ルクルト社製のアール・デコ調置き時計、エアストリームのキャンピング・トレーラー、モンブランの作家シリーズ「トーマス・マン」万年筆、さらにグランド・ピアノから茄子(!)、オードリー・ヘップバーンの白黒写真などもあったそうだ。



こうして顧客の望む方向性が明らかになって来たところで、外部のデザイナーを含めてデザイン・コンペティションが行われた。その結果、韓国生まれでRCA(ロンドン王立芸術学院)を卒業したマクラーレンのデザイナーであるホン・ヨが選ばれ、ステファンソンの監修のもとでこのワンオフ・スーパーカーのデザインを完成させることとなった。

ホン・ヨがこれまで担当した中では最大の挑戦である今回のプロジェクト。すぐに彼は大きな困難にぶつかった。デザインの参考にということで選ばれた "時代を超越した古典的な優雅さ" を持つ自動車は、どれもフロントにエンジンを持ち後輪を駆動するモデルばかり。MP4-12Cのようなミドシップ・レイアウトのスーパーカーとは、根本的にプロポーションが異なるのだ。彼は苦心しながら新たなデザイン言語を構築しつつ、数ヶ月掛けて完璧にバランスの取れたデザインというものを探り、スケッチとモデリングを作成した。これを基にまず30%の大きさでスケール・モデルが造られ、さらに硬質発泡体で実物大のモデルを製作。18ヶ月掛かってX-1のスタイリングは完成した。

ちなみに、デザイナーをコンペで競わせるとか、実物大モデルの製作などは、この顧客の要望によるものだとか。デザインだけでなく、そのプロセスにまで「口出し」できるようだ。



一方、車体の製作はというと、デザインの最終的な承認を待たずに、それ以前から取り掛かっていたという。ベースとなったのはMP4-12Cだが、グリーンハウス(キャビンのガラス部分)以外のボディは全て独自に作り直されているそうだ。MP4-12Cのシャシーは「カーボン・モノセル」と呼ばれるカーボンファイバー製のバスタブ型モノコックを採用しているため、外側のパネルは比較的自由にデザイン変更が可能なのだ。跳ね上げ式ドアというスタイルこそMP4-12Cと共通するように思えるが、そのまま流用しているのは2個のヒンジだけで、ドアの形状もルーフも、このクルマのために新たに製作されたもの。また、MP4-12Cのボディ・パネルは様々な理由からSMC(シート・モールディング・コンパウンド)樹脂を素材としているのだが(身近なところでは浴槽などに使われる樹脂だ)、X-1のボディは全てカーボンファイバー(炭素繊維強化樹脂)製。オーナーの希望により、光沢のあるピアノ・ブラックで塗装された。「メタリックでもなく、色味のまったくないブラックの塗装は、最もチャレンジングなカラーの1つでした。しかしX-1の仕上がりは非常に美しく、また完璧にクルマと似合っています」とステファンソンは語っている。ボディ・サイドはカーボンファイバーの織り目模様が見えるように、透明のラッカーが塗られている。



ヘッドライトやテールランプ(マクラーレンの「スピードマーク・ロゴ」からインスピレーションを受けているとか)も、このクルマのために一品製作されたパーツ。クロームのモールやエアブレーキ・リアウイングは、全てアルミニウムの塊から削り出され、ニッケルでメッキが施されている。マクラーレン・ロゴのバッジもMP4-12C用のものを流用したりせず、同様にアルミニウム削り出しのニッケル・メッキで仕上げた特別製だ。

X-1のデザインで最も特徴的な部分は、"時代を超越した古典的な優雅さ" を表現したという、リア・フェンダーのスパッツだろう。後輪にはカーボンファイバー製のパネルを開いてアクセスできるようになっているのだが、そのヒンジは「きっと今まで見たこともないほど豪華なヒンジですよ」とステファンソンは言う。このリア・フェンダーは開けてもボディのスタイリングが決して損なわれることがないように、配慮してデザインされたそうだ。



こうして全てのボディを作り替えた結果、X-1の全長はMP4-12Cよりも109mm長く、全幅は188mm拡がっている。全高は変わらず、またそれだけボディが拡大しているにも拘わらず、車両重量も増加していないという。これは軽量なカーボンファイバーをボディ・パネルに多用したおかげ。「ライトウェイトは全てのマクラーレン・プロジェクトで最優先される」のだそうだ。また、X-1のデザインはあらゆる部分が機能的な意味を持ち、単なる見た目のためというディテールは一切ないという。これもマクラーレンの価値観に則ったことによるものだ。



インテリアの構成はMP4-12Cと基本的に共通。カスタムされた部分は、ハリッサ・レッドのナッパ・レザーがシートやドア、ルーフなどのトリムに張られていることや、スイッチ類をボディ外観のモール類に合わせ、削り出しアルミニウムにニッケル・メッキ加工して製作したことくらいだとか。625psを発揮するツインターボV型8気筒エンジンをはじめ、ドライブトレーン、足回りなどもMP4-12Cのものをそのまま使用している。

X-1は既にサーキット走行を含めた約1,000kmのテスト・ドライブが行われており、MSOによって細部まで「コンクール・スタンダード」な状態にリビルトされている。これからモンタレーでお披露目された後、再びMSOに戻されて各部がチェックされてから、幸せなオーナーのコレクションに加わる予定だ。



MSOによると、MP4-12Cをオーダーした人の中で、通常のオプション以外に何らかのパーソナライゼーション(独自の特別注文)を望んだ顧客は15%を超えるという。さらにそれが今年中には20%まで延びる見通しだとか。「X-1は、我々が世界に唯一のクルマを製作するという注文にも応えられるということだけでなく、注文主はデザイン・チームの重要なメンバーの1人として、プロジェクトに参加することさえ出来るということも表しています。それは本当にやり甲斐があり、忘れられない経験になるでしょう」と、ステファンソンは語っている。

また、MSOのマッケンジーは次のように述べている。
「ボディ・カラーやインテリア・トリムの変更に留まらず、我々は丸々1台の新しいクルマを作ることも可能であるということを、X-1で証明して見せました。今回は主にボディでしたが、注文があればメカニカル・コンポーネントの設計変更さえ可能です。ほとんど何でもできますよ。限界があるとすれば、それは注文される方の想像力の大きさでしょうね」



"想像力" よりも "経済力" の方が先に限界に達してしまう人はお呼びでないらしい...という話はともかく、最近ではフェラーリがエリック・クラプトンのために「SP12EC」を製作したり、ランボルギーニが1台限りの「アヴェンタドール J」というモデルを販売するなど、この先スーパーカーの世界では "ワンオフ" や "オートクチュール" が流行りそうな気配である。動力性能の面ではもう行き着くところまで行ってしまった感もあり、さらにエクスクルーシブなクルマを作るには(そして価格を吊り上げるには)、こうした特別注文に応えることが有効な手段なのかも知れない。コーチピルダーが華々しく活躍していた第二次大戦前の高級車がそうであるように、レアで美しいスーパーカーがこれからいくつも生まれて来るなら、それは限られた顧客だけでなく、我々の目も楽しませてくれるに違いない。


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