2月25・26日に開催された「ノスタルジック2デイズ」の会場から、前回のデロリアンに続いてご紹介するのは、これまた映画で目にする機会も多い、我が国の小型貨物車「ダイハツ ミゼット」。ご覧の通り、オーナーは可愛らしい女性であった。

もともとはオートバイ(自動二輪)のコンポーネントを利用し、後ろに荷台とそれを支える2つの後輪を備えた3輪トラック、通称「オート3輪」は、4輪トラックの代わりになる安価な貨物自動車として、第一次大戦後の1920年代から第二次大戦後の1950年代にかけて日本のモータリゼーションの中で独自の発展を遂げ、普及していった。

しかし、1950年代も半ばになり、価格の安い小型4輪トラックが発売されると、オート3輪は急速に衰退。代わって台頭したのが、1949年に制定された軽自動車の規格拡大を受けて作られるようになった軽3輪トラックだった。つまり、それまでのオート3輪ユーザーが小型4輪トラックに移行すると同時に、これまで自転車やオートバイを "配達のアシ" にしていた小さな企業や商店が、軽3輪トラックを使うようになったのである。中でも大ヒット作となったのが、1957年にダイハツが発売した「ミゼット」だ。



ミゼットが優れていたのは、他のオートバイや3輪トラックからパーツを流用せず、専用設計とすることで軽3輪として非常に完成度が高かったこと。そしてそれを、オート3輪界の大メーカーであったダイハツならではの大量生産によって低価格で、しかもすでに全国に整備されていた販売・サービス網を通じて販売できたことだ。さらにテレビを使ったCMをいち早く取り入れたり、当時はまだ珍しかった月賦による販売を導入し、資金がそれほど豊かではない零細企業や商店主にも手が届く、ちょっと無理をすれば購入することができるクルマとして、この時代の人々に広く受け入れられた。このミゼットの成功を見て他のメーカーも追従し、軽3輪ブームが巻き起こったのである。



やがて1960年代に入り、我が国のモータリゼーションがさらに進むと軽トラックでも4輪車が普及してゆき、ミゼットが "初めてのクルマ" だった人々も次第に4輪車に買い換えていくことになる。映画『Always 三丁目の夕日』で描かれているように、今では高度経済成長期初頭のアイコン的存在になっている軽3輪だが、ブームとなったのは意外と短い10年足らずの間だけのことだったのだ。

だがその10年足らずの時期は、現代の日本から見ると特別な時代に映るらしい。 "昭和ノスタルジー" という名前のもとに、あの時代を懐かしむ映画や商品、施設などが多数作られ、それらは意外にも昭和を(ほとんど)知らない現代の若者達をも魅了することがあるらしいのだ。



今回ご紹介するミゼット・オーナーのちはるさんも、映画『Always 三丁目の夕日』を見て「鈴木オート」のミゼットに魅せられた1人。スクリーンの中に遙か遠い昔話として憧れるだけでなく、現代の生活を共にしようとご自分よりかなり年上のミゼットを手に入れてしまった。

探してくださったのはお父様。はじめは「あんなウンコグルマやめとけ、と言っていた」そうだが、知り合いの自動車屋さんに頼んで関西にあったこのクルマを見付けてくださったそうだ。

適度に錆が見られる内外装はこのミゼットが過ごしてきた時間を感じさせ、旧車イベントにわざわざ足を運ぶような人から見れば、とてもよい雰囲気(一般の方が見れば、また違った感想を抱くかも知れないが)。会場内には綺麗に塗り直されたミゼットもあったが、ちはるさんにとっては「この状態が、いい」のだそうだ。でも決して粗末に扱われているわけではもちろんなく、「雨の日は絶対乗らない」など "この状態" を保つためには非常に気を配って大切に乗られているご様子。敢えて「当時のままのノンレストア車に拘って」探したそうである。



せっかくだから、会場にいらっしゃったお父様にもお話をうかがってみた。

現代のクルマに比べたら安全性の面から、お嬢さんのことが心配じゃないですか?
「いやあ、全然。もともとバイク乗りだったんでね。屋根があるだけ安心ですよ」

お父様もミゼットにお乗りになるのですか?
「乗りませんよ、臭くて(笑)。家でエンジン掛けられると大変です。まあ、おもちゃみたいなもんですよ(笑)」

ちはるさんにとってはこのミゼットが初めての旧車で、普段のメインテナンスに関しては、このクルマを探してくれたクルマ屋さんにお任せしているそうだが、「でも、オイルだけはまめに入れてる」そうだ。「高速(道路)では70km/h。それ以上出すと壊れそう」と言うが、このクルマで高速道路を走ろうという気概に感心する。メーター表示で70km/hといえば、ほぼこのクルマの最高速度に近いはず。

「このクルマに乗っていると、色々な人から声を掛けられて嬉しい。ミゼットさん、ありがとうって感じ」と笑う若き女性オーナーは、この日も多くのオジサン...失礼。年配の旧車マニアから話しかけられ、にこやかに会話されていた。

最後に、ちはるさんのミゼットについて触れておこう。
ダイハツ ミゼットは大きく分けて、オートバイのようなバー・ハンドルで1人乗りの初期モデル「DK」型と、丸ハンドルを装備し2名乗車が可能になった「MP」型に分かれるが、ちはるさんのミゼットはフェンダーがキャビンと一体になったMP型。そのさらに改良型である「MP5」型だ。1962年に発売され、ミゼットが生産終了となる1972年まで10年間作り続けられていた "最終モデル" である。排気量305ccの空冷2サイクル単気筒エンジンを "フロント・ミドシップ" に搭載。最高出力は12馬力、最大トルクは2.4kgmだ。



今年のノスタルジック2デイズの会場では、他にも2台のミゼットを見付けた。
毎回「トヨタ 2000GT」の売り物をずらりと並べる横浜市の絶版車専門ディーラー「ビンテージカー ヨシノ」が出展していたミゼットは、綺麗にボディが塗り直してあり、価格は150万円(この日の特別価格らしいが)。これはこれで、タイムマシンによって運ばれて来たような姿が魅力的。



そしてもう1台、プロカメラマン谷井功氏に記念撮影してもらえるコーナーに置かれていたのは、なんと映画『Always 三丁目の夕日』で使われた車両そのもの。上野駅まで六子を迎えに行った、あの鈴木オートのクルマである。(訂正:読者の方からご指摘をいただきました。『Always 三丁目の夕日』第1作目に登場するミゼットはMP型の中でも初期のモデルで、荷台がこの車両よりも短く、三角窓もありません。こちらの車両は2作目で使われたものだそうです。不勉強をお詫び致しますとともに訂正させていただきます)

このMP型ミゼットは1959年10月に発売されたのだが、『Always 三丁目の夕日』の中で六子が青森から上京してくるのは昭和33年(1958年)のはず。発売より1年も前にすでに錆だらけになっているなんて...などと言うのは野暮というものだろう。映画をご覧になった方はお分かりだろうが、建設中の東京タワーと2人乗りのおんぼろミゼットは(実際には有り得ない組み合わせでも)あの映画に欠かせない印象的なシーンを作り出している。ぴかぴかの初期型1人乗りDK型ミゼットでは雰囲気がまた全然違ってしまうに違いない。時代考証よりも "画づくり" を優先した映画制作スタッフは正しかったと思うのだが、いかがだろう?




我が国の経済成長を支え、庶民にクルマのある生活の便利さ・素晴らしさを教えてくれたダイハツ ミゼット。日本で必要とされなくなった後も、ミゼットは東南アジアの国々に輸出され、今でもタクシーなどに使われている姿を彼の地では見ることができる。ちなみに「ミゼット(Midget)」とは「超小型の」という意味で、イギリスではスポーツカー・メーカーのMGが1920年代から小型軽量モデルにこの名前を付けているが、こちらは「ミジェット」と表記されることが多い。

現代の軽自動車からも、数十年後にはこんな風に "旧車イベント" で、「レクサス LFA」や「日産 GT-R」と並べられる "名車" が出るのだろうか。これから過ぎゆく長い時間と、未来の人々の "ノスタルジー" によって選ばれるのは、果たしてどのクルマか。皆さんと一緒に是非、見届けたい。


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