映画で有名な「デロリアン DMC-12」、実車は一体どんなクルマ? オーナーにも訊いてみた!
2月25日と26日、パシフィコ横浜において日本最大級の旧車のトレードショー「ノスタルジック2デイズ」が開催された。まずは映画でお馴染み、「デロリアン DMC-12」をご紹介しよう。オーナーの方にもお話を聞くことが出来たので、購入を考えている方のご参考になれば。

1985年に公開された映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場するタイムマシンとして有名になったデロリアン、正式名称「DMC-12」は、GM(ゼネラル・モータース)で副社長の地位まで(最年少で)上り詰めたジョン・ザッカリー・デロリアンが、自ら「理想のクルマ」として作り上げた夢の結晶であった。

その夢の顛末はこうだ。
このままGMにいても自分の理想とするクルマを作ることは出来ない、と感じていた気鋭のカー・ガイ、ジョン・ザッカリー・デロリアンは、1973年にGMを退社すると(当時は "GMをクビにした男" などと言われた)、1975年にデロリアン・モーター・カンパニーを設立。1978年には北アイルランドのベルファスト郊外に工場を建設する。アメリカ人の彼がなぜその地を選んだのかといえば、イギリス政府から資金援助(1億ポンドと言われる)が受けられたからだ。いわゆる工場誘致である。彼の理想のクルマの設計を請け負ったのは、F1と軽量スポーツカーでその名が知られているロータス。鋼板製バックボーン・フレームにFRP製ボディを載せるという手法は「エラン」「ヨーロッパ」等ですでに充分な実績があった。直線基調のボディ・デザインは、アルファ ロメオマセラティ等の美しい名車たちを生み出してきたジョルジエット・ジウジアーロが描いたものである。



本格スポーツカーにも採用されるシャシー構造と未来的な外観に対し、エンジンには排気量2,849ccから130psを発生する、どちらかといえば乗用車向けの性格を持つV型6気筒が採用された。PSA(プジョーシトロエン・グループ)、ルノーボルボが共同開発したことから頭文字を取ってPRVと呼ばれるこのユニットは、当時3社の製造する上級サルーンやランチアの「テーマ」にも搭載されていたもの。
当初、「ポンティアック GTO」の生みの親でもあるジョン・Z・デロリアンのことだから、彼の夢のクルマにはパワフルなV型8気筒エンジンや、NSUが開発したロータリー・エンジンの搭載さえも計画されていたという。しかし、1970年に改正されたマスキー法(大気浄化法改正法)による排気ガス規制と1973年のオイルショックなどの影響から、燃費が悪いエンジンを搭載することは避けた、と言われている。現代のスポーツカーを取り巻く事情とよく似ていたらしい。同型式のエンジンを搭載する「アルピーヌ A310」同様、DMC-12もリア・エンジン・レイアウトである。



そんな成り立ちを持つジョン・Z・デロリアンの夢のクルマに、「DMC-12」という名前が与えられ、ようやく発売に漕ぎ着けたのは1981年。彼が56歳の時だった。今回ご紹介しているDMC-12のオーナーは、その当時自動車雑誌に掲載されたコラム記事で、誇らしげなジョン・Z・デロリアンと、ガルウイング・ドアを開いたステンレス製ボディが鈍く光るクルマを見て感動を覚えたことが、このクルマを知るきっかけだったそうだ。

発売当初は大きな話題を呼び、好調な売れ行きを見せたDMC-12だったが、次第に製造品質の低さに起因するトラブルが多発したことや、高価格スポーツカー(「シボレー・コルベット」の2倍以上にあたる2万5,000ドルという価格が付けられていた)としては非力な動力性能などから評判は急激に低下。イギリス政府からの援助は打ち切られ、挙げ句の果てにジョン・Z・デロリアンがコカイン密輸の容疑をかけられ逮捕されたことからスキャンダルが広がり、業績は悪化の一途をたどる。

理想のクルマの発売からわずか2年足らず、1982年末にDMCは倒産し工場は閉鎖。それまでに作られたDMC-12の総生産台数は、約9,000台と言われている。

その後、件の容疑から無罪であることが証明されたジョン・Z・デロリアンは、1990年代になっても会社の復興を目指し奔走していたようだが事は上手く運ばなかったらしい。その頃の彼の頭の中には「新たな夢のクルマ」として「DMC-2」と名付けたニュー・モデルの構想があったようだ。「デロリアン・タイム」という腕時計をデザインし、インターネットを通じて販売しようと計画したこともある。3,495ドルという価格が付けられたこのステンレス製高級腕時計を購入した人には、DMC-2が発売された際には真っ先に手に入れる権利が与えられる、という触れ込みだったが、腕時計も新型車も結局は市販されることなく、40件以上の訴訟を抱えていたジョン・Z・デロリアンは1999年に自己破産を申告。そして2005年、脳卒中による合併症のため80歳で波乱に満ちた人生に幕を引く。



今回、ノスタルジック2デイズの会場に展示されていたDMC-12は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場するタイムマシンと同型の、通称2型と呼ばれるモデル。ボンネットのデザイン等が初期型や最終型とは異なるとか。オーナーの方に、「このクルマを好きになられたきっかけは、やはりあの映画ですか?」と尋ねてみたのだが「よく言われるんだけど、違うんです」と、このクルマが発表された当時に雑誌記事でご覧になったという前述の話を聞かせてくださった。

それから30年後、「地元(のショップ)に置かれているのを偶然見付けた」そうで、「なんでこんなところにこんなクルマが!?」とはじめは驚かれたそうだ。それはそうだろう、ガレージやショップの店内ではなく、「外に置かれていた」というのだから(このクルマ、ステンレス・ボディで錆びないという印象のせいか、野ざらしにされることが多いのだろうか!?)。

それから何度かショップに通い、話をされるうちに「もう、手に入れるしかないと思った」そうだが、ショップの方には「覚悟してください、と散々脅かされた(笑)」という。「多分、本気で所有して維持していけるのか、試していたんでしょうね」とオーナーは笑う。



実はこのクルマは、そのショップの店長さんがカリフォルニアで見付けて、自分で乗るために購入し日本に持ち込んだ車両だそうで、ややくたびれた(失礼)内装を別にすれば程度はかなり良さそうに見えるのだが、走行距離はなんと14万キロオーバー。しかし、逆にこの "多くの距離を走っている(走れている)" ということが幸いだったようで、現オーナーが手に入れてからは、「オルタネーターと、ボンネットのヒンジを替えたことくらい」で他には特にトラブルもないとか。新車当時は製造品質が低く故障が多かったというDMC-12だが、14万キロを走り続けるうちにあちこち手が入れられ(オーナーの方は「修羅場をくぐってきた」という言い方をされていた)、今では新車時より完成度が高くなっているのかも知れない。

オーナーのF氏はこのクルマに毎日のように乗り、「息子の塾の送り迎えにも使う」という。燃費は約6km/リッターだとか。この時代の2.8リッターV6エンジン搭載車としては、決して悪い数字というわけでもないだろう。エアコンも効くそうだが、「夏場はパワステがないので汗かいちゃう。あと、パーコレーションがたまに起きますね」とのこと。普段のメインテナンスは購入したショップにお任せしており、部品の供給もまったく問題ないそうだが、ダッシュボードに設置されているデジタル時計だけは入手困難らしい。走行には支障のない箇所とはいえ、購入を考えていらっしゃる方は要チェックだ。



お話を伺っていると、本当にあまり苦労なさらずに乗られているようで、今となっては設計やエンジンが "スーパーカー" ではないことがかえってよかったのかも知れない、と思わせられる。たとえスピードメーターが140km/hまでしか刻まれていなくても(事実)、ガルウイング・ドアとステンレス製のボディは今でも見る者を惹き付け、当時のスーパーカーにも劣らない魅力を放ち続けている(それはこの日も、多くの来場者が常にこのクルマを取り囲んでいたことでも証明されるだろう)。そして何よりオーナーにとっては、かつて1人のカー・ガイが抱いた夢を共有し、その続きを描くことさえ出来るのだ。

最近では、新たに設立された新生デロリアン・モーター・カンパニーが、電気自動車として復活させようとしているという話も聞こえているが、実はこの会社、レストア済みの中古車も扱っており、価格はだいたい4万5,000ドル(約361万円)から5万5,000ドル(約450万円)といったところ。実車はなかなか手に入れられないけれどせめて何かグッズを購入したい、という方は、オンライン・ストアを覗いてみてはいかがだろう? 定番のミニカーから、ガルウイングを開いたシルエットを模ったイヤリングまで様々な商品が揃えられており、見ているだけでも結構楽しい。

最後に、会場から出て行くDMC-12の勇姿を、短いけれど動画でどうぞ。



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