【東京コンクール・デレガンス2010】
クラシックな趣を残す「フェラーリ 275GTB/4」の後継として、1968年に斬新なスタイルを纏って登場したのが、「デイトナ」の愛称で知られる「フェラーリ 365GTB/4」である。

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それまでのフェラーリとはあまりに異なるモダンなデザインは、東京コンクール・デレガンスの特別審査委員長を務めたレオナルド・フィオラバンティが、ピニンファリーナ在籍時に手掛けたもの。「デイトナ」という名前は正式名称ではなく、1967年の「デイトナ24時間レース」でフェラーリが1位、2位、3位を独占したことを記念して付けられた愛称だ(誰が付けたのか?については諸説有り)。
シリンダー・ブロックが新設計されたエンジンは排気量4390ccの4カムシャフトV型12気筒。352psを発生して最高速度280km/hを記録したという。

レースでは、パワーだけでなく信頼性の高さから特に耐久レースで活躍し、1972年のル・マン24時間レースではGTカテゴリーの上位5位までを独占。また、1974年まで3年続けてクラス優勝を果たした。さらに1979年のデイトナ24時間レースにおいて、生産終了後6年も経過したモデルであるにも関わらず、総合2位という成績を記録している。

今回出展された車両は最終型となる1973年製。初期に製作されたものは透明なプレクシグラス(アクリル樹脂)製カバーに覆われた4灯ヘッドライトを備えていたが、この後期型ではリトラクタブル式(格納式)に改められている。これはアメリカの法規に合わせて1971年に変更されたものだ。
スカリエッティが製作したボディはスチール製で、ドアとボンネット、トランクリッドがアルミニウム製だったが、後にドアはスチールに変更されている(ワンオフで作られたオール・アルミ製のレース用スペシャルも存在)。

1969年に追加されたオープン・ボディの "スパイダー"(365GTS/4)を合わせて、1973年までに1400台以上が生産されたが、その中でスパイダーは10パーセントを占めたという。

なお、この頃ライバルのランボルギーニは、すでにミド・エンジンの「ミウラ」を販売しており、フェラーリにも12気筒エンジンをミドに積むフラッグ・シップ・モデルを求める声が多く寄せられていた。これに応える形で、フェラーリは次のモデルチェンジ時にミドシップ・マウントを採用した「365GT4BB」をデビューさせることになる。
以後1996年に「550マラネロ」が登場するまでの23年間、"デイトナ" は「最後のフロント・エンジンのフェラーリ・ベルリネッタ」と呼ばれた。