「カニ目」の愛称で知られる「オースティン・ヒーリー・スプライト MkⅠ」は、1958年から61年まで生産されたイギリスの小型スポーツカーだが、先日開催された「榛名湖ピクニックラン」では、そのオリジナルの他に1990年代になってから造られた珍しい「復刻版」の姿を見ることができたのでご紹介したい。

Related Gallery:

ラリー・ドライバー兼エンジニアであったドナルド・ヒーリーとその息子ジェフリーが、イギリスの自動車会社BMCの依頼を受けて設計したのが「オースティン・ヒーリー・スプライト MkⅠ」である。多くのコンポーネントを大衆車から流用し、必要最低限の装備しか持たないこのシンプルなスポーツカーは、搭載するオースティンA35用948cc直列4気筒OHVエンジンの出力もたったの43psに過ぎなかったが、オープン量産車としては世界初となるモノコック構造の車体は軽量で、小気味よいハンドリングを実現しており、安く抑えられた価格とあいまって3年間に5万台近くを売る大ヒットとなった。

当時は「財布の軽い若者のためのスポーツカー」と言われたが、生産終了から数十年も経てばまともな個体を探して走らせるだけでも大変な苦労となる。部品の入手にはさほど困らないというが、やっかいなのは当時自慢だったモノコック・ボディの錆や腐り。
それなら車体を一から作ってしまおう、と考えた人たちがいた。いわゆるレプリカ車である。中でも「フロッグアイ・カー・カンパニー」という会社が製造したクルマは非常に完成度が高いことで有名だった。
オリジナルの愛称から採った「フロッグアイ」というこのクルマ(日本では「カニ目」だがイギリスでは「カエル目」と呼ばれていたのだ)は、チューブラー・フレームで構成されたシャシーに、FRPで本物そっくりに作ったボディが被せられていた。エンジンは1990年代になってもまだMINIのために作られていたA型ユニットを借用。これは1958年のオリジナルと基本的には一緒だが、排気量は1275ccとなっていた。

やがてその評判は開発者のジェフリー・ヒーリー氏の耳にも届く。クルマを見たジェフリー氏はその出来映えに感嘆し、正式に「ヒーリー」の名前を使用する許可を与えると同時にいくつかの改良を提案。こうして「レプリカ」から晴れて「再生産された復刻版」と相成ったのが、今回ご紹介する「ヒーリー・スーパー・スプライト」というクルマである。

エンジンのスペックはいくつか用意されていたが、ウェバー製キャブレターを装着した「スプリント」仕様ではオリジナルを大幅に凌ぐ83psを発生。サスペンションにはスパックスの調整式ダンパーが採用され、フロントにディスク・ブレーキを装備する。ギアボックスはフォードから流用した5速MT。「スーパー・スプライト」という名前は、「スプライト」の性能を超えているという意味で付けられた。

日本では「アザブ・スポーツカーズ」が代理店となり1994年に発売。価格は標準仕様で348万円だった。
当時は、フル・レストアされた「オースティン・ヒーリー・スプライト」でも300万円程度で手に入れることができたし、「MG」ブランド復活として話題になった「MGF」が200万円台で買えたことを思えば、スーパー・スプライトは性能や装備のわりに価格が高く、販売的には成功とは言えなかったようだ。結局、日本に輸入された台数はわずか23台にとどまった。

当時は高かった価格も、現在では(見つかれば)200万円台で買えるようで、これはオリジナルの価格相場とほぼ一致する( "極上物" はもっと高いが)。
それなら生産されてから年月が経っていない「スーパー・スプライト」の方が安心して乗れるのではないか、そう考える人も多いだろう。そのあたりのことをオーナーの方に訊いてみた。

もともと小さなメーカーが作った少量生産車であるため、基本的にほとんどの部品は他車からの流用である。ただし、「色々なクルマの何が使われているか分からない」所があるため、維持には意外と苦労するそうだ。特にオリジナルの「オースティン・スプライト」と設計が大きく異なるリア・サスペンション周りにおいてこの問題は大きいようで、金属加工のお仕事をなさっているこのオーナー氏は、ご自分で部品を製作・加工されることもあるという。FRPのボディは錆びることはないが、カバーで覆っていたら蒸れて塗装が劣化してしまったそうだ。
つまり、「復刻された新車」だったのも今は昔。すでに15年も経てばあちこち手を入れてやる必要があるわけで、きちんとレストアされたオリジナルと比べて "こちらの方が楽に維持できる" と一概には言えないようである。

ちなみに見た目で分かるオリジナルと復刻モデルの大きな違いは、ボンネット(フロント・カウル)の開き方。スーパー・スプライトはオリジナルと逆に前ヒンジとなっている。そのため、オリジナルでも外されることがあるバンパーが、最初から付いていない。内装ではシフト・レバーのあるセンター・トンネルの形状が四角いことなど。

今となってはオリジナル以上に希少なヒーリー・スーパー・スプライト。このクルマの完成を見て間もなく、1994年4月29日にジェフリー・ヒーリー氏はこの世を去る。

ボディの錆と格闘しながら半世紀前のオリジナルに拘るか。あるいは僅かに遺された "最後のヒーリー" を知恵と工夫で維持し続けるか。
どちらも並みならぬ努力と情熱が必要なことは間違いなさそうだ。
オーナーにとっては、自分のヒーリーこそが "スーパー" で "オリジナル" なクルマなのだ。


新車購入を考える前に!まずは愛車の現在価格を調べよう!