ル・マン24時間レースに参戦したマツダ車といえば、1991年に総合優勝を果たした「787B」が有名だが、初代RX-7をベースにした「252i」もその中の1台だ。「シルエット・フォーミュラ」と言われるグループ5仕様の迫力溢れるボディを、「コスモメタル」の若き代表、長谷川直人氏はその情熱で現代に再現してしまった。

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マツダのモータースポーツ部門としてル・マン制覇などの功績を残した「マツダスピード」だが、その前身は「マツダオート東京」(現「関東マツダ」)という一介の販売ディーラーが設けたスポーツコーナーだった。
1979年、マツダオート東京は、前年に発売されたばかりの「サバンナRX-7」をベースにレーシングカーを製作し、ル・マンに挑戦する。「マツダ 252i」と名付けられたこのマシンは、シルエット・フォーミュラと呼ばれるグループ5仕様で仕上げられた。"市販車の外観(シルエット)だけを残したフォーミュラ・カー" の名前通り、ルーフとウインドウ周りが市販車の原型を留めていれば、ほぼ無制限に改造が許されるという車両規定だ。エンジンはサバンナRX-7の12Aに換わって13B型ロータリーを積み、空力を考えてボディは後ろに長く延ばされた。
結果は残念ながら予選不通過。しかしこの経験からマツダオート東京は、プロフェッショナルなチーム運営とメーカーからのバックアップの必要性を身に沁みて知ることになり、後に「マツダスピード」というワークスチームを築くための礎となったのである。

歴史の陰に隠れながらも、非常に魅力的なスタイルを持つこのマシンのレプリカを、「コスモメタル」では実車同様マツダ・サバンナRX-7(SA22C型)を基に製作。メーカーや出版社に問い合わせても図面や資料は手に入らず、情報収集に大変苦労したという。
同社代表の長谷川氏、実は子供の頃からクルマ好き......というわけではなかったらしい。会社の本業でもある特殊金属加工の業務で、自動車のパーツ製作に携わるうちに、クルマ自体に興味を抱くようになったそうだ。もちろん、実際にマツダ 252iがル・マンを走った時の記憶などお持ちではない。後に写真を見て憧れ、情熱が高まり、どうしても手に入れたくなってしまった。
とは言っても対象は世界に1台のレーシングカー。「買う」ことは難しい。ならば当時の当事者たちがそうしたように「作って」しまえばいいと考えたようだ。
車両製作で協力を仰いだのは「コスモ・スポーツ」を紹介した「ガレージ スターフィールド」。エンジンは本物の252iがそうしたように、13B型を搭載する。リア・ウイングのステーなど、各所にコスモメタルが加工した金属パーツが使用されているという。
外観はほぼ完成のように見えるが、「レーシングカーとして(競技に参加するためには)、まだやらなきゃならないことがある」そうだ。
夢は「ル・マン・クラシック」に参戦すること。"過去においてル・マン24時間レースに出場実績を有する車両と同形式のマシンによって争われる特別なクラシックカー・レース"(公式サイトより引用) である。2年に一度、実際のル・マン24時間レースと同じようにフランスのサルテ・サーキットで開催される。
まずは日本で開催される「ル・マン・クラシック・ジャパン」で優勝し、フランス大会への出場権を勝ち取ることが当面の目標だそうだ。

この日ノスタルジック2デイズの会場には、1979年に252iをドライブした寺田陽次郎選手が、トークショーに出演するため来場していた。コスモメタルのブースを訪れた寺田選手にサインをお願いしたところ、快く応じてくれたという。
ボンネットの日の丸に描かれたサインと共に、30年前に寺田陽次郎選手が果たせなかった「ル・マン本戦出場」という夢を叶えるため、長谷川社長はフランス行きの決意を新たにしたに違いない。