Autoblog読者の多くは既にご存知であろうが、
戦後、GTカーやレーシングカーのデザインにおいて多大なる貢献を果たし、また世界中に大きな影響を与えてきたエリオ・ザガート博士が、14日月曜日、88歳で永眠した。
彼が我々に残してくれた歴史を改めて思い出し、お伝えしたくここに残す。

1919年、カロッツェリア・ザガートはエリオの父ウーゴによってミラノに創立され、エリオが作る軽量で美しい自動車ボディの制作で有名になった。エリオ はGTカーの制作とテストに休む間もなく没頭し、彼の制作したボディを持つクルマは世界中で愛され、エリオは自動車デザインの世界に偉大な功績を残した。

彼はまたミラノの名門レーシングチーム「スクーデリア・サンタンブロージュ」創立メンバーの一人で、これはイタリアの才能ある若いドライバーを発掘するこ とを目的とし、また1950年代当時は、ザガートのボディを載せたアルファロメオを事実上のワークスチームとして走らせていた。
1950年代初頭に、エリオは今でも非常に人気の高い"ベルリネッタ"の開発を始め、フィアット8Vザガート、アルファロメオ1900SZ、フェラーリ250GTZ、マセラーティA6G、アストンマーチンDB4GTZなど多くの名車を生み出した。 エリオはまた自らステアリングを握りレーシング・ドライバーとしても活躍。かのエンツォ・フェラーリから「ザガティーノ(ちっちゃなザガート)」と呼ばれた。
60年代にはエルコーレ・スパダと組んでアルファロメオSZ、TZ、TZ2を開発、またランチア・アッピア、フラヴィア、フラミニア、フルヴィアなどのシャシーをベースに美しいスポーツモデルを制作した。 また彼らは、乗員のヘルメットの形に2つに膨らんだダブル・バブルと呼ばるルーフ形状や、テール部分をすっぱりと切り落としたコーダ・トロンカと呼ばれるボディなど多くのアイディアを形にし、その後のスポーツカー、レーシングカーのデザインに影響を与えた。

ザガートの名前は、日本の自動車メーカーと組んで発売されたいくつかの限定生産モデルや、1994年から日本人の原田則彦氏がチーフデザイナーを務めることなどから、我が国でも有名である。


エリオはザガートを定義付けするのに、まず最初に「オリジナルであること」を挙げている。 生前、エリオはこう言った。
「そこに1台のクルマがあるとする。そしてそれが他のどのクルマとも違って見えたとしよう。そうしたらそれこそがザガートだ!」

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-Autoblog Staff一同、そして車を愛す全ての日本のドライバーたちより、ご冥福をお祈り申し上げる。